第148話 そして、再び奪われる———。
気持ちのいいなんてモノじゃなかった。
脳髄の神経が焼き切れるのではないか、とすら感じてしまうほど彼女と愛し合った。
千尋さんとのキスは蕩けるようで、そして彼女の中は包み込むように熱を帯びていた。
今もまだつながりを感じたまま、余韻に浸りながらキスをしている。
そう。
ボクらはお互いをこんなに愛し合っている。
彼女がボクの前に現れてすぐは自分の気持ちが十分に分からずに気持ち的にもどうすればいいのか、悩んでいた。
でも、そんな優柔不断なボクに対して、彼女は一切嫌気をさすこともなく、見限るのでもなく、ずっと一緒に入れくれた。
———ボクはちぃちゃんのことが好きなんです。
安っぽい告白かもしれない。
でも、彼女の気持ちに応えてあげたい———。
ボクは心の奥底からそう思った。
目の前の優しい表情をしつつも、ボクを求めてくる彼女。
少し頬を朱に染めながら、どこか恥ずかし気に求めてくる彼女。
こんな可愛い彼女と一緒に居続けたい。
「優くん、このまま聞いてね」
「ん? どうしたの? ちぃちゃん」
「ここからの脱出はそんなに簡単にはいかないと思うの」
「ここって何かの研究施設だよね?」
「そう。ここはね、私や優くんのような特異的な体液を調査して、実験を行っているのよ」
「でも、その実験で何がわかるの?」
「今、私が知っている限りでは、精神的や肉体的に大きく変化させるタイプね」
「肉体的に?」
「そう。主に私の血なんだけど……。『悪魔を生み出す血』って呼ばれてるの」
「悪魔を!?」
「そうよ。怖い?」
彼女ははにかむような笑顔でボクに問うてくる。
怖いといえば嘘になるかもしれない。
でも、ボクの知っている千尋さんは怖さではなく優しさのほうが割合的にも高い。
「怖くなんかないよ。だって、ボクのちぃちゃんは優しいでいっぱいだからね」
ボクがそう言うと、虚を突かれたような表情をして、無言な千尋さんはしばらくして目尻から涙が溢れ出してきた。
「もう……優くん、ズルいよ……。そういうことをサラッと言わないでよ……」
あれ? ボクは何やら彼女に失礼なことを言ったのだろうか。
ボクが困った顔をすると、彼女はそっとボクに軽くキスをして、
「そう。私はね、絶対に優くんを守ってあげるから。私にはまだなしえなきゃいけない計画があるんだから!」
「計画? 前も言ってたよね?」
「んふふ♡ 今はまだ内緒ね。あ、でも、優くんは絶対に死なせない。私たちは運命共同体なんだからね!」
「うん!」
彼女からそう言われると、何だか力が溢れてくるような気持ちになる。
そうだよ。ボクはこのまま終わっちゃいけない。
彼女もこのまま終わるつもりはないんだ。
だからこそ、一緒に頑張らなきゃならない。
「きっと、お母様が脱出を邪魔してくると思うの」
「お母さんが? どうして?」
「今のお母様は、私の知っているお母様とは違うから………」
「え……?」
「優くん! お母様にだけは騙されちゃダメよ。エッチなことは厳禁! こっちの世界に戻れなくなっちゃうんだから」
「ええっ!? 何それ!? まるで淫夢魔みたいじゃないか!?」
「そう。淫夢魔だからよ」
「………え、本当なの?」
「うん。実は、私のお母様は吸血鬼であると同時に淫夢魔でもあるの。でも、それはひとつの体に二つの血が流れているわけではなくって、単に乗っ取られているの」
「乗っ取られる?」
「ええ。悪魔憑きのようなものね」
「じゃあ、本来吸血鬼だった身体に、淫夢魔が入り込んだ、と?」
「そう解釈してもらって構わないわ」
「で、でも、普通に生活もしてきたんでしょ?」
「ええ、普通に生活できるときもあるの。それが厄介なところ……。取り憑いている淫夢魔が活性化すると、吸血鬼の力だけでは抑えきれなくなってしまうの」
「てことは、今は暴走中ってこと?」
「まあ、言い方はわれだけど、そうとも言えるかな」
「じゃあ、その暴走している淫夢魔を排除すれば、ちぃちゃんのお母さんは救うことができるのかな?」
「いや、まあ、原理的にはそうかもしれないけれど、そんなに簡単な話じゃないかもしれないわよ」
「そうだよね……。でも、ボクのお父さん、お母さんはちぃちゃんの両親に救ってもらっているという恩もあるからね。今度はボクが救いたいんだ」
「……………優くん」
千尋さんは少し困惑しつつも、瞳を閉じて、ボクの手を取る。
そして、彼女自身の胸元にそっと寄せて、
「ありがとう……。優くん。すっごく嬉しいよ……。嬉しさのあまり、涙がこみ上げてきちゃった。でもね、約束だけはして……。優くんの命に関わることだけは絶対にしないね」
「う、うん……。善処いたします」
「善処じゃなくって! 絶対! 約束だよ! 遵守だよ! 厳守だよ!」
「ううっ! 圧が厳しい……」
「守らなかったら、お仕置きするからね!」
「ねえ!? 守らなかったって、お仕置きで死んじゃう可能性の方が高くない!?」
「ちょ、ちょっと……どういう意味よ!?」
「いや、上からも下からも吸われちゃうのかって……」
ボクがそう言うと、彼女は数秒後、意味を察したのか、顔を真っ赤にして、
「ゆ、優くん!? す、素晴らしいお仕置きね……!」
「え……!? ちょ、ちょっと!?」
「今回のお仕置きはそうしましょう! それと無事に生還したら、いっぱい愛し合いましょう♡」
ん? ボク、どっちにしてもデスフラグが立っていない?
え? 気のせい?
いや、自分の体がそう訴えてきているんだけど……。
「じゃあ、ご褒美とお仕置きも決めたことだし、そろそろ行きましょうか……。お母様のところに」
「うん、そうだね」
「ここの研究所の病室って、シャワー室とかもあって、贅沢よね……。ちょっと汗を流してから、服を着るわね」
「うん。ボクは先に着替えておくよ」
「いいけど、そんなに優くんのスメルが漂ってたら、淫夢魔と吸血鬼はたまったもんじゃないでしょうね」
「そんなもんかな……」
「そんなもんよ!」
そう千尋さんが言いつつ、シャワールームのドアに手を掛けた瞬間!
ドガンッ!!!
大きな爆破音と同時に大柄の男のシルエットが煙の中に浮かび上がる。
「ち、ちぃちゃん!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?」
千尋さんの悲鳴が上がると同時に、侵入者がいたことに気づく。
爆煙がおさまると、そこには大柄の男が千尋さんを抱きかかえていた。
「あなたとは久々ですよね……?」
「一馬くん!?」
「さすが……。素晴らしい記憶力ですね」
「そりゃ、麻友とも長い付き合いだからね……」
「妹のことはどうでもいいです。今は、この吸血鬼を連れて行かなければならないので……。では、失礼します」
そう言うと、一馬は部屋から飛び出していこうとする。
ボクはチラリと見えた四角い箱を彼に向けて投げつける!
バガンッ!!!
こちらも爆破音とともに、キューブの破片が飛び散る。
「何の真似ですか? 彼女さんを殺すつもりですか?」
「違う。君が奪おうとするから攻撃しただけだ」
「とはいえ、さすがに見逃したくありませんね……。ちょうどいいですね……。実験の成果をお見せするにはいいタイミングなので、女王様のお部屋においでください」
そう言うと、一馬は千尋さんを連れたまま音もなく去った。
「くそっ! どうしてまた離れ離れなんだよ!」
ボクは悔しさのあまり、涙がこぼれ落ちた。
とめどなく、とめどなく——————。
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