第144話 華麗なる逃走。
食事の回数からして、すでにこの場所に入院させられてから、3日は経過したことがわかる。
とはいえ、食事が適切な時間で提供されているかどうかすら分からない。
なぜなら、ここには窓がない。時計もない。
時間間隔がそもそもない。
というないもの尽くしなのだから……。
唯一あるといえば、私の腹時計くらいなものだろうか……。
お腹が減ったなぁ……と思った時には、きちんと食事が出されるので、3日というのは間違いないと思う。
それに時間を悟られないようにするためか、食事も朝食・昼食・夕食ともにご飯と汁物が必ずついてくる。
パンを出したりすると、朝ということがバレるからだろうか……。
そんなことをしなくとも、私が眠たくなるとそれは夜だし、目が覚めると朝というのは分かっているのだが、ほとんどの人はこういう食事を提供されて、何もないこの部屋に閉じ込められていたら、きっと感覚がマヒしているかもしれない。
「それにしても、この部屋はかなり特殊な構造をしているわね……」
私がベッドから床に降り立つ。
すでに傷ならば完治している。精神的にももう何もない。
いうなれば、運動をしておかなければ、運動不足に陥ってしまいそうになりかけているくらいなものだ。
それにもう一つしなくてはならないこと……。それが魔力を練ることだ。
エロスライムに犯されて以来、毎日欠かさず取り組んでいる。
「この部屋、大きな魔力を発動させようとすると、無効化が働くけれども、魔力を練るくらいなら可能なんだものね……」
つまり、看護婦などの職員に魔力をぶつけることは不可能ということか……。
とはいえ、魔力が練れるということは、それはとどのつまり、攻撃が可能なのである。
小さな魔力量を使用したものであれば……。
初日こそは、体調面のバランスが崩れていたのか、かなり疲労していたようだが、そのあとは問題なく、体が動くようになったので、看護婦がいない時間帯は色々と試していたのだ。
魔力の練度を高めることによって、それを武器化することは可能か、はたまたそれを防御に使うには最も良い方法は何か……など。
そこで一つたどり着いた結論の一つが、この練った魔力を自身の身にまとわり、それを防御に使う方法だ。
と、いうのも、今、ここで来ているのは明らかな病院専用の服だ。連れ攫われたときに来ていた制服は手元にすら戻ってきていない。これでどこかに出かけることは不可能に近い。
そこで、私が考えたのが、この練った魔力で服を作ってしまおうというわけである。
これならば、防御にも長けていて、動きやすいというものである。
あと、武器だ。
長剣は正直目に付きすぎるので、暗殺者的に動くのであれば、間違いなく短剣がベストだろう。
それも魔力で作ってしまえば、良いのだ。
相手に武器が取られたとしても、術者が私である以上、武器は私の手を離れて紐づけが失われれば、魔力として消失するわけだ。
考えながら、時々、中二病化してしまいかけたこともあったけれど、問題なく何とか冷静な状況で武器と防具に関して魔力の扱い方を学べたのである。
とはいえ、外の状況がわかるわけでない。
というのも、私はここに連れてこられてから、一度たりとも外に出たことがない。
シャワーやトイレも部屋に完備されていて、何も困ることがないのだ。
まあ、唯一、時間を持て余すということだけが、困っていた。
それにドアを触ってみたものの、残念ながら、ドアには外からロックが掛けられているようで、中から解錠することは不可能であった。
となれば、看護婦が来た時に出るしかない。
が、どうやって————?
看護婦を倒す? それとも脅迫する?
きっとそうなれば、応援を呼ぶのは目に見えている。
応援を呼ばれていいわけはない。
では、こっそり抜け出すしかない……。
私は一つ妙案を思いついた。
夕食(私的には勝手にそう思っている)の時間帯が近づいてきたのだろう。
私は物陰に潜み、その時を狙う。
ドアが開き、看護婦がいつものように入ってくる。
これまたやる気のない表情である。
「錦田さん? て、シャワーですか?」
シャワールームに水音が響き渡っている。
「夕食の時間です。あと採血も……」
『あ、もう少しなんで少し待ってくださいね!』
シャワールームから私の声が応える。
「それにしても、そろそろ夕食の時間だってことくらいわかるのではありませんか?」
『あはは……時計がないですからね』
「まあ、そうですれけれど……」
どうしてないものは仕方ないのに、この人はこんなにもイライラしているのだろうか。
しまいには業務中であるにもかかわらず、私を待っている間ということで、スマートフォンで遊び始めるくらいだ……。
私はその隙を見て、部屋から飛び出した。
黒のロング部屋で片目を隠し、今は魔力を練って作ったナース服を着ている。
そもそも部屋から出たことがないのだから、どういった服装が怪しまれないのか分からない。
唯一見たことのある服というのが、このナース服だったのだ。
部屋から出ると、私はそのまま廊下を歩くことにした。
他の部署の人間もいるようだけれど、そのほとんどは自分のやるべきことに追われているのか、ナース姿の私に興味を示しているようではない。
ひとまず安心というところだろうか。
ん? シャワールームにいたんじゃないのかって?
ああ、あれは私の「複製」みたいなものだ。魔力によって練られた簡易型の人形を置いてきたのだ。
言葉は私が念話で飛ばせば、喋っているように聞こえる、という段取りだ。
数分持てばいいので、そもそもつくりなど気にしていない。前衛芸術もびっくりなフォルムをしているのは、決して私が美術を苦手としているからではない……。
時間稼ぎをしている間に、少しでもあの病室から離れなければならない。
と、同時に優一さんがこの施設にいる可能性があるのだから、嗅覚を研ぎ澄ます。
ふわりと優一さんの匂いがする。
私は自分の感覚を信じて、とにかく前に進むのであった。
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