第142話 お母様の研究と運命。

 最初の手刀を避けるところまでは良かった。

 だが、そのあとの一馬の淡々とした攻撃をのらりくらりと躱していき、倒せそうな予感がした。

 しかし、その判断が間違っていたのだ。

 少しばかりのスキを作り、一馬が次の攻撃に移ろうとした瞬間に私は魔力撃を叩き込もうとする。

 が、それは空振りに終わる。


「危ないなぁ……」

「そりゃそうでしょ? そもそもそっちが仕掛けてきたんだから、私は正当防衛だわ」

「ふんっ。可愛げがないなぁ……。そこは、『助けてください、一馬さま! 何でもいうことを聞きますから』じゃないの?」

「いやいや、あんたの言うことをなんでも聞くとか命がいくらあっても足らないんだから」

「本っ当に可愛くねぇー。だが、こういう女こそ、堕ちた時には最高のメスになるんだろうな」

「お生憎様……。私は優くんにメス化されてるから、彼にとっての最高のメスなの」

「ふんっ! すでにお手付きかよ」

「人を中古品みたいに言わないでよね」

「いや、中古品には間違いないだろ?」

「言い方がムカつく!」

「中古品って言葉はお前が言ってきたんだよ」


 そんなの知ったことではない!

 何だか、一馬に言われると無性に腹が立つ。

 対峙しあっていると、おもむろに一馬がポケットから、注射器を取り出す。

 糖尿病などの患者が使うような簡易タイプのものだ。


「ちょっと……それを私に使うんじゃないでしょうね?」

「いいや、お前には使わないよ。だって、大事な大事な人質だからな……」

「私は人質になったつもりはないんだけれどね……」

「まあ、人質でなくてもいいさ。俺たち過激派の要となることには間違いないんだからな」

「……。ちょっと何を言ってるのか分からないんだけれど?」

「分からなくてもいいよ。これから分からせてやるからな!」


 そういうと、一馬は注射器を首元に当てて、ぐっと注射器の中身をぶち込む。

 何事もなかったかのように静まり返る。

 それはあまりにも不気味なほどに—————。

 そして、一呼吸を置いたくらいのタイミングで、私たちの周囲に異変が起こり始めた。

 一馬の体内から溢れ出す魔力が想像以上の膨れ上がりを見せる。

 そう。これは魔力の膨張だ————。

 魔力というのは、人間にはそれほどあるものではないが、体内を循環している血液の中に含まれていると考えてもらったらいいと思う。つまり、ヘモグロビンとか血小板とかそういう類のものに似ている捉えてもらっていいと思う。

 それが異常なほどに増え、そして早く循環し始めている。

 恐怖を覚えるほどに。


「あ、あなた、何をやったの!?」

【ん? 分からないか?】


 声にも変化が表れている。

 声というよりもあれは念話に近いものだ。

 脳内に一馬の声が響いてくる。


【訳あって、声は出せないが、こうやって念話を使えば、意思疎通が可能なようだな】

「いやいや、そうじゃなくって、何なのよ!? そのバカでかい魔力は……」

【これこそが、過激派が生み出したものよ……】

「生み出したもの?」


 私は一馬から飛び退くと同時に、投げ捨てられてあった注射器を拾い上げる。

 逃げつつも、その注射器の残った液体に鼻を近づける。

 この匂いは——————!?


【あれ? もう気づいちゃったのか?】

「ええ、私、こう見えて嗅覚には自信があるから……」

【嗅覚だけではダメなんだよ!】


 魔力弾が無数に私に向かって放たれる!

 いやいや、避けれるか!? そんな多くの数を————!!

 私は即座に魔力障壁を生み出し、弾を受け流す。

 魔力障壁は便利な防御技だ。

 物理的もしくは、魔力的のどちらであっても、防ぐことはできる。

 が、当たった分だけ魔力は消費されるし、障壁そのものが脆くなるので、私のような爆発的な魔力量を持ち合わせているような者にとっては便利なものだが、そうでないものには、向いていないとしか言いようがない。


【うひゃーっ! やっぱり防ぐか】

「そりゃそうでしょう。いくら魔力弾を打っても無駄よ?」

【そうみたいだな……】

「こんな研究をしていたなんて……、お母様は何を考えているのかしら……」

【おいおい。千代さんがやってる研究をバカにしちゃあいけないぜ! こうやって俺みたいに強くなれてるじゃねーか】

「まあそうね。筋肉バカみたいにも見えるけれど……」

【やっぱりバカにしてやがるな!】

「そんなことないわ。研究そのものを無碍にするつもりはないもの」

【ふんっ! だが、真実を聞いてもそう言っていられるか?】

「…………? どういうこと?」

【お前と優一とかいうオスからは子どもなんざ生まれないんだよ】

「はぁ? 何を言っているの? 私は将来的には眷属である優くんの子種で妊娠して、子孫を残すのよ。最高の血統である優くんの血を私の始祖である吸血鬼との血を合わせてね」

【それが甘いと言っているんだよ】

「————?」

【どうやら分かっていないようだから、きちんと教えてやるよ。お前ら二人の出会いは偶然でも何でもなく、仕組まれていたんだってことを……】


 私は腹立たしいあの男の口を今すぐにでも潰したかった。

 が、敢えて、裏があると感じずにはいられず、沈黙するという選択肢を選んだ。

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