第137話 過激派の不穏な動き。

 朝の授乳の後、何事もなく登校し、午前の授業が終わった。

 昼休みは、麻友と話をする予定になっていたので、人の来ない視聴覚室で購買で購入したサンドイッチとイチゴオレという組み合わせの昼食を取る。

 目の前には持参してきたのであろうおにぎりを頬張る麻友がいる。


「で、麻友。この手紙の魔力の持ち主は分かった?」

「モチのロンよ! このあたしを誰だと思っているの?」


 得意げに胸を張る麻友。

 勢いで、たゆん! とお胸が跳ねる。

 あー、そうだった。こいつ、私よりも胸が大きいんだったわぁー。(棒)

 思わずイチゴオレを吹き出してしまいそうになりつつ、その揺れる男のロマンでありながらセックスシンボルとして名を馳せている麻友の乳房に釘付けになってしまう。


「えっと……どうしたの?」

「いや、邪魔な贅肉が目の前であんたの話を邪魔しているのよ」

「し、失礼ね! このおっぱいが絶対にいるのよ!」


 そう言いながら、胸をもみゅもみゅと両手で揉みしだく麻友。

 この場に男子がいたならば、皆の者が精神的な誘惑に捕らわれて、きっと精気をこの淫夢魔に差し出していたことだろう。

 はっ!? まさか——————。


「もちろん、優一もこのおっぱいが好きでねぇ……。はこのおっぱいで優一の聖剣を挟んであげると、あられもない声で啼きながら、あたしに搾り取られちゃってるの。ま、千尋には無理だろうけれどね」

「むむっ!?」


 そりゃ、私は麻友に比べればサイズは小振りだ。

 だ、だけど、ゆ、優一さんは手の収まり具合と感度が抜群に良いって……、て、何を張り合おうとしているんだ!

 しかも、感度とか……単に私が淫乱であることの証明みたいになるではないか———!


「ねえねえ、何を悶絶してるの?」

「あ、気にしないで……。ちょっと自分と戦っていただけだから……」

「あ、そう。で、先日の手紙の件だけど、やっぱり付着していた魔力は千代さんのものだったわ」

「やっぱりお母様が……。どうしてお母様がこれほどまでに積極的に絡んでいるのかしら……」

「それはあたしには分からない。まあ、推測はいくらでもできるけれどね……」

「推測?」

「うん。だって、ちょうどお母様の淫夢魔としての力が大きくなってしまっている時期じゃない?」

「うん……。それが何か関係あるの?」

「大ありよ。淫夢魔の女王として名高い千代さんのことだから、魔力を解放すれば、あらゆる生命体に『誘惑テンプテーション』を仕掛けることが可能だもの」

「いやいや、そうかもしれないけれど、それが何に関係あるの?」

「はぁ……。学校での頭脳明晰なくせにこういう時の千尋のおツムは、大馬鹿ものね」

「ちょ、ちょっと……それは言い過ぎじゃない?」

「言い過ぎじゃない。まったく、優一のことばかり気にして、周りが見えていなさすぎよ?」

「ええ……そんなこと……」

「ないとは言い切れない! だって、あんた、20年前のこともう忘れているの?」

「——————っ!?」


 私はこの言葉を聞いて、ゾワリと寒気が走る。

 20年前………。それは私たちのような長寿命な種族にとっては一瞬のことのようなものだ。

 だが、昨日のことのように覚えている。


「あの日、何があったか覚えてるでしょ?」

「忘れることなんかないわよ……」


 真剣な表情の麻友に、私も苦虫を嚙み殺したような顔をする。


「人魔大虐殺………」

「ま、普通にこっちの世界では『紛争』ということで処理されているみたいだけどね……」


 麻友が「ありえないよね」という感じで頭を横に振りつつ、ため息をつく。


「あの時は一国の大統領が誘惑テンプテーションで乗っ取られて起こったんでしょ?」


 私が聞くと、麻友はコクリと頷き、


「ええ、地上軍を派遣すると共に『誘惑テンプテーション』に堕ちた大統領の指示のもと、首都などを空爆させたのよ。精神操作の錯乱状態の武装グループのテロ活動も激しさを増して、勃発から2年後には劇場占拠事件、4年後には学校占拠事件なんかが相次いで起きて、一般住民の多くも犠牲となったのよ」

「でも、黒幕は分からず仕舞いで処理されたわよね」

「勃発から6年後の10月に、首都のアパートの一室で女性の射殺死体が発見された事件よね? 彼女は地元新聞紙の記者として人魔大虐殺を取材し続けて、穏健派に対する軍の不法行為や大統領の強硬姿勢をしつこく批判していたそうね……。容疑者として過激派と称される実行犯と元警察幹部が逮捕されて有罪となったんだけど、警官に資金を渡して殺害を計画させたという黒幕がいたとされるのよね。でも、その特定は依然としてされていないらしいから……」

「ま、時効だよね」


 麻友の話に対して、私はあっさりとそう言い放つ。

 いや、こればかりは絶対に明かされることはない。

 そもそも人間を使った代理戦争なのだから。

 そして、その首謀者こそ、私のお母様なのである。もちろん、私たちの周りでは色々な発言があった。

 私に対する誹謗中傷ももちろんあった。まあ、矢面に立ってくれたのは、お父様だったし、その時の支えとしていてくれたのは、目の前にいる麻友だったのだけど……。


「じゃあ、麻友の結論としては、その20年前と今回の状況は酷似している、と?」

「まあ、酷似……とまでは言わないけれど、似ている部分はあると思うのよね。それにあの時は、お父様たちも力を尽くしてくれたけれど、今回は分が悪いわよ……」


 言いたいことは分かる。

 優一さんが人質として囚われている以上、こちらが好き勝手に動くことは難しい。

 だからと言って、指をくわえて見ているわけにもいかない。


「まあ、そんなこと言っても、千尋は向かうんでしょ?」

「そんなの決まってるじゃない。私にとっては、今回は優くんの救出が最優先事項なんだから」

「でも、それは同時に千代さんの救出もしなくちゃダメなのよ」

「分かってるって」

「そんなに軽い話じゃないわよ?」

「それも分かってるつもり……。そのために修練をしたわけだし……」

「ま、何かあったら、あたしを呼びなさい。囮くらいには役に立つかもね」

「じゃあ、囮として呼ぶね!」

「ちょっと殴ってもいい? 本気で囮に使おうなんて思ってるんじゃないでしょうね?」

「あはは………。まあ、それはそれだよ!」

「本っ当に行き当たりばったりな性格なんだから……。じゃあ、この二つを渡しておくわね」


 そういうと、麻友は手で握れるサイズの四角いケースを二つ手渡してくれる。

 ひとつは緑色。もうひとつは青色を基調としたデザインになっている。


「緑の方はどうしようもなくなった時に敵に対して投げつければいいわ。時間稼ぎくらいにはなるでしょう。青の方は、あたしを呼び出したいときに使いなさい。ま、でも忙しかったら行ってあげないけれど」

「それはそれでなかなか冷たいわね……」

「まさか、お風呂のタイミングで全裸で召喚するつもりなの?」

「あ、それはないです……。そんなことしたら、友だち関係終了しそうなので……」

「そうね。それが正解だと思うわ」


 そういうと、私は残っていたイチゴオレを飲み干した。

 まあ、結果から言うと、私の想像していたものとは斜め上に向かってしまったというか……。

 ちょっとこれはヤバいよね、って展開になってしまったんだけど……。




 放課後に手紙に記載された場所に向かう。

 そこには一人の男が待っていた。

 えーっと、面識はありません。てか、この学校の生徒なのでしょうか……。ただ、どこかで見たことのあるような……。

 私はその不穏な雰囲気の持つ男に近づく。


「やあ、君が錦田千尋さんだね?」

「ええ、そうよ? ちなみにあなたは?」

「ボクは斎藤一馬。麻友の兄だよ」

「お兄さん!?」

「そう」


 ふわりと鼻孔をくすぐる甘い香り。

 これは―――――!?

 気づくと同時に、微笑を浮かべた金髪イケメンな麻友の兄は、私の肩をそっと抱きしめてくる。

 まずい! 魔力干渉防―――――――。


「さ・せ・な・い」


 その言葉と同時に私の意識がふわっと飛ぶ。

 視界は一気に真っ白な世界へと旅立った―――――。

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