第127話 赤ちゃんは母を求めて、何千里?

「千尋お姉さま~~~~~~~~!!!」

「うわぁっ!? ど、どうしたんだよ!?」


 ボクらが校門にたどり着くなり、突如として、妹の美優は千尋さんに抱き着くように助けを求めてきた。

 一応、言っておくが、千尋は学校をズル休みするような悪い子ではない。

 むしろその逆だ。すでに学校で必要な授業の履修単元はすべて終えていて、すでに内容としては高校での学習内容も独学ではあるものの学んでいたりする。と、いうことで中学校からは「卒業式にだけ顔出して」と言われていたりするわけである。

 そこでたまにボクらの高校に来て、図書館を使って勉強をしていたりする。

 そんな妹が泣きついてきたには訳がある。

 いや、容易に想像がついてしまうが、


「ジュニアが……」

「ど、どうしたの!?」

「あたしの乳首を嚙みちぎりそう……」

「「—————————ッ!?!?!?」」


 うわお。それは衝撃的な。

 妹の話によると、ノートパソコンで新たな研究についてまとめていたところ、ジュニアが泣き出したので、オムツの交換をしてあげた、と。すると少し泣き止んだが、今度はお腹が減ったのか、泣きだしてしまい、粉ミルクを作って与えようとしたが、上手く飲んでくれない。

 そこでネットで見かけたことがある乳房から飲んでいるように見せかけようとしたところ、ジュニアが間違って美優のおっぱいを吸い出したらしい。最初は可愛いなぁ……とみていたらしいが、そのうち、ジュニアは母乳が出ないおっぱいにイライラし始めて、乳首を噛んできたらしい。


「赤ちゃんって歯がないのに、すっごい力で噛むんだね! あたし、びっくりして、本気で泣き出しそうになっちゃったよ」

「あははは………」


 実際に毎日授乳させている千尋さんは半分呆れるように笑っている。

 まあ、美優のミスと言えばミスなのだが……。

 そんなことより—————、


「ここだと目立ちすぎるから、保健室に入ろう!」

「え!? で、でも、ジュニアもいるよ!?」


 と、美優は背中に負ぶっているジュニアを指さす。

 お腹が減ったのか、指をちゅぱちゅぱとさせている。


「仕方ないわね……。学校で授乳させましょう」

「ち、ちぃちゃん!?」

「だって、仕方ないじゃない。このままジュニアを放っておいたら、さらに泣き叫ぶわよ?」

「そ、そうかもしれないけれど……」

「それに、このままここにいることも目立つわよ? 美優ちゃんもいるんだし、それこそ目立つし……。あ、あと、私ももう胸が張って限界に近いんだけど……」

「あ………」


 そう言えば、さっき、トイレで搾乳してから授業に戻りたいっていってたよね……。

 そんなにキツいんだ。

 ボクは無言でうなずくと、そのまま美優を引き連れて、学校の保健室へと入る。運よく、保健医の先生はいないようだ。

 ボクも入ろうとすると、美優に押し戻される。


「ちょ、ちょっと! 何するんだよ?」

「それはこっちのセリフだよね?」

「え?」

「お兄ちゃん? 今から、赤ちゃんにおっぱいを上げるのをまさか、一緒に見つめるの?」

「え……。あ……!?」

「ようやく気付いた? さすがに彼女だからと言っても、それはどうかと思うよ。大人になって、結婚したらいいかもしれないけれど、あんまりこういうのは見てあげない方がいいわよ」

「あ、美優ちゃん、そんなに言わなくても大丈夫だから」


 千尋さんはベッドに腰掛けると、そのまま制服からふくよかになったお胸を取り出す。

 すでに母乳の所為で胸が張っていたこともあってか、少し母乳が垂れかかっているのはいやらしくすら感じてしまう。

 携帯ポシェットから消毒綿でササッと、乳首をふき取ると、ジュニアをそっと抱き上げる。

 何だか、本物のお母さんみたいだ……。

 ジュニアは、鼻先をヒクヒクとさせると、母を見つけたと気づいたのだろうか。そのまま、目の前の乳房に吸い付く。

 その流れるような所作にエロさは微塵も感じなかった。

 むしろ、彼女からは母性を感じて、何だか、自分だけ自覚のないパパのように取り残されて行っているような気がしてならなかった。

 ボクにはまだ彼女を支える気持ちや行動力が足りないな……。

 ジュニアが美味しそうに母乳を飲んでいる。

 それを優しい顔で見つめる千尋さん。ほっと落ち着いた表情でそれを見守る美優。

 ボクだけが感じる疎外感。


「ほらっ! お兄ちゃん! これで一安心だから、教室に戻らなきゃ!」

「あ、ああ……」

「優くん、心配かけてごめんなさい」

「ちぃちゃんが謝る必要な何もないよ。ボクが何もできなかったから……」

「優くん、そんな気持ちにならないで欲しいな。だって、これは女にしかできないことでしょ? 優くんにはジュニアのオムツを変えてもらったり、寝かしつけれ貰ったりしてるじゃない。休みの日は遊び相手にもなってくれてる。私ね、そんな優くんの姿を見ていて、ああ、この人が私の将来の旦那様で良かったって感じていたの。この子は絶対に未来に返してあげなきゃいけないと思う。きっと未来の私や優くんが今頃焦ってるはずだからね。でも、大人になって、優くんと結婚したら、元気な可愛い赤ちゃんを作りたいと思っちゃった。まあ、まだ早いんだけどね……。妊娠して、お腹を痛めて、生まれてきた私たちの赤ちゃんを一緒に育てようね」

「ち、ちぃちゃん……」

「ほらほら! そのためにも旦那様はちゃんと勉強しておいてよ。家に帰ったら私が受けれなかった授業内容を教えてほしいんだからね」

「う、うん! 分かったよ!」

「愛してる。優くん!」

「ボクも!」

「あー、何で二人して惚気ている間にあたしは空間を共有しないといけないのかなぁ……」


 ゲンナリとした表情の妹がいるが、そこは無視だ。

 自分で何も出来ていないと感じて反省していたけれど、自分なりに彼女のサポートができていると知れて、ボク自身安心したと同時に、彼女のためにしっかりとサポートできるように頑張ろうと心に決めた。

 でも、ふっとさっきの彼女の言葉がよみがえり、ボクは顔を赤くしてしまった。


 ———大人になって、優くんと結婚したら、元気な可愛い赤ちゃんを作りたいと思っちゃった。

 ———妊娠して、お腹を痛めて、生まれてきた私たちの赤ちゃんを一緒に育てようね。

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