第125話 周囲は人妻の魅力に感づき、ざわつく。

 ついに3学期のスタートだ。

 と、言っても、平穏無事なわけがない。

 ボクはチラリと隣にいる彼女である千尋さんの表情を伺う。

 その視線に気づいたのか、千尋さんは笑顔でこちらに振り向く。


「どうかしましたか?」

「いや、ちぃちゃんが疲れてるような気がしてね……」

「ご心配ありがとうございます。正直なところ、疲れていないというと嘘になるかもしれません」

「やっぱりそうだよね……」


 そうなのだ。

 実は、あの正体不明な赤ん坊が現れてからというもの、まさかの千尋さんが母親となってしまった。

 まあ、麻友や美優が言うには、明らかに顔とかの特徴がボクら二人にそっくりだから、間違いないというし、美優が自作のコンパクトDNA鑑定機(スマホとBluetoothで連動させて使うらしい)なるもので確認したところ、明らかにボクらのDNAと合致したそうだ。

 ということはボクら二人の子どもということになる。

 それに先日、赤ん坊がちぃちゃんのおっぱいに吸い付いたかと思うと、母乳が出てきてしまったのだ。

 これが何よりの証拠となり、ボクらが育てることになった。

 とはいえ、高校生が赤ん坊を育てるということがどれだけ不可能に近いかということを思い知らされることになる。

 まず、子どもの食事の時間だ。さらに夜泣き、おむつの交換……。

 やることがこの上なく多い。

 それに、どうしても食事や夜泣きは千尋さんがしないと、赤ん坊が落ち着かなかったのだ。

 だから、ボクはおむつの交換を率先して手伝うことになった。

 つまり、やはり子どもの世話という点では、千尋さんに負担がのしかかっているのである。

 そのような生活が始まって、まだ一週間も経っていないというのに、この疲れ具合は彼女の高校生としての生活に支障をきたしてしまうのではないかとすら感じる。

 ちなみに赤ん坊にはまだ名前が付けられていない。自宅では、麻友や美優からは「ジュニア」と呼ばれているので、それがなじんでしまっているように思える。

 そんなジュニアは、今日は家で美優が面倒を見てくれている。

 美優はもう、中学を卒業できる状態で、今はこちらで生活に慣れようとしていたので、面倒を見ると手を挙げてくれた。

 

「それにしても大丈夫でしょうか……」

「あ、美優のこと?」

「え? あ、はい……。まあ、お腹を痛めたわけではないので、自分の中ではまだしっくりと来てないのですが、私たちの子どもなわけですし……」

「そりゃそうだよね。ボクも健やかに育ってくれることを願ってはいるよ」

「それにしても、どういう理屈であれば、あのように子どもが生まれるということが起こるのでしょうか……」

「さすがに、そこまではボクにも分からないかな……。どちらかと言えば、ちぃちゃんとかの世界の話じゃないのかな……。時空の歪みとかが起これば————」

「———それです!」

「ええ? 何なに?」

「時空間が歪みを生み出すというところです」

「え? あ、うん」

「まだ、私の仮説なんですけれど——————」

「しっ! ちょっと待って。そろそろ校門だし、その話はあとにしない?」

「そ、そうですね。お昼休みとか放課後でも構いませんか?」

「もちろん、大丈夫。ボクらは学園内でも知られている仲のいい二人だからね」

「残念ながら、カップルとまではいかないんですね?」

「まあ、どうしても認めたくない連中もいるみたいだし、今はこのままでもいいんじゃない?」

「優くんがそれでいいというなら……。私はいつでも一緒にいられることは嬉しいので、本当は公認カップルにしてほしいところなんですけれどね」

「公認って……。そもそも誰に公認してもらうの?」

「そうですね……クラスメイトでしょうか?」

「あはは……。それだと前途多難かもね……。クラスにはちぃちゃんのファンが多いから」

「それは嬉しいような悲しい話ですね」


 ボクら二人は爽やかに笑いあうと、そのまま昇降口へと足を急がせた。

 すでに予鈴がなり始めていたのであった。




 クラスに入るときは、各々別々に。

 これはボクらが付き合い始めた時のルールだ。まあ、家が近いという設定で二人で学校まで通学しているということになっているので、教室まで一緒だともう、幼馴染の眉レベルの親密さになってしまう。

 申し訳ないが、ある意味麻友がボクの幼馴染だということで助かっている面もあるのだ。

 冬休み明け、多くの子たちに夏休みの時のような変化は生まれない。

 が、なぜか、クラスメイト達は千尋さんの方に視線を送るのであった。

 いや、別におかしいところはボクには感じられないのだが……。


「お、おい……、竹崎?」

「ん? どうした?」

「錦田さんって何かあったのか?」

「え? いや、何もないと思うけど……。今朝も普通に挨拶もしてきたし」

「そうなのか? やっぱりお前は細かい乙女の変化にはついていけないみたいだな」


 はぁ? メチャクチャ偉そうに言われてるけれど、変化くらい毎日生活していたら、否応がなくとも気づくのだが!?

 それに何かあったかと言えば、メチャクチャあったよ! でも、ここで言えるような話じゃないし……。

 ボクが不満に満たされた視線をクラスメイトに送ると、


「どうして、あんなに色っぽくなってるんだ……?」

「あ? やっぱりお前もそう思う?」


 あれ? モブが増殖した……。

 二人のモブは若干、頬を赤らめるようになりつつも、視線をチラリチラリと、千尋さんに送っている。

 いやいや、千尋さんがそんなに色っぽくなったのだろうか……。

 ボクはマジマジとみてみるが、そうは感じない。まあ、もしかしたら、毎日出会っているから変化に気づきにくくなっているのだろうか……。

 でも、それって何だか失礼だよな……。


「錦田さんって何だか、アダルティーな魅力が生まれてきたよね~」

「そうそう。今までも可愛らしさであふれていたけれど、今度は大人の女の魅力っていうのかな? そういうのが溢れてるような気がするの」


 クラスメイトの女モブたちもそんなことを言い始めている。

 どうやら、ウチの彼女に大人の女の魅力が備わったらしい。

 うーん。ついこの間までお互い少年少女の体形をしていたかと思ったら、今度は大人の女の魅力かぁ……。

 すると、ボクの視線に気づいたのか、千尋さんはこちらに振り向くとニコリと微笑む。

 が、どうやら、ボクの目の前にいたモブ男×2は、その微笑みを自分たちに投げかけられたと勘違いしたようで、さらに興奮状態になってしまう。


「おい! 竹崎! 本当に何もなかったのか!? 何もないのに、あんなに大人な魅力が溢れだすわけないだろ!」

「そうだぞ! あれはもうエロス!」


 何をバカなことを言っているのか分からないけれど、どうやら、エロスを感じるようだ。まあ、確かに赤ん坊が現れて以降、ベッドの上での彼女は今までのエッチではなく、エロスを感じるようになったけれど……。もしかして、それが人妻の魅力なのか!?

 怖い! こんな魅力的な人妻に愛されちゃってるボクって間違いなく、子どもをどんどん作ってしまいそうだ……。

 て、朝の清々しい時間からボクは何を考えているんだよ!


「まあ、お前たちがそう思うなら、そうなんじゃないかな……」


 ボクはつまらなさそうに一応返答だけはしておいた。

 それにしても、何も起こらなければいいんだけどねぇ……。

 て、これフラグ立ててしまったのかな……?

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