第124話 彼女は「母」として認められてしまったらしい。

「は~い、可愛いですねぇ~~~」


 赤ん坊を抱きあげながら、お母さんの真似事をしている美優は、何だかそれとなくお母さんっぽくも見えなくもない。

 赤ん坊はというと、能天気に美優の胸に抱き着いていたりする。


「もう! 本当にお兄ちゃんの子どもだね!」

「どういう意味だよ!?」

「いや、普通に見たらわかるでしょ? こんなにおっぱいが好きなんだよ? お母さんの方に戻ろうとしないし……」


 そうなのである。

 実は、ボクらは普通の姿に戻ったのはいいのだが、そのあと、赤ん坊は千尋さんではなく、美優があやしていたのだ。

 美優も子どもが好きで、あやし慣れている。

 それどころか、赤ん坊は美優の爆乳に抱き着くようにして、今も服をちゅぱちゅぱと吸っていたりする。

 まあ、千尋さんは赤ん坊から解放されてよかったかというと、そうではない。

 千尋さんは、胸の大きさで赤ん坊が選んだという美優の理論に、心を打ちのめされてしまったらしく、


「ふふふ……。そうよね……。赤ちゃんはおっぱいが好きだものね? 何? 私のおっぱいじゃ不満なのかな? 結構、私も大人サイズに戻ったんだから、そこそこあるんだけどなぁ……」


 と、呟きながら、自分の胸を両手で持ち上げるしぐさをしている。

 うん。普段、ボクの目の前でされたら、飛びついちゃうね……。

 精神的に病んでる状況だとちょっと躊躇っちゃうかもしれないけれど……。


「まあ、でも、こうやって元気のいい赤ちゃんができてよかったですね?」

「いや、普通によくないからね?」


 美優の楽観的な主張に対して、ボクはツッコミを入れる。

 美優は、何がダメなの? と呆けている。


「そもそもそんな短期間で生まれたら怖いじゃないか!」

「おおっ! 確かに」

「そうだろう?」

「でも、たっぷりと種付けしちゃったら、できててもおかしくないと思うんだけど……?」

「ま、まあ、そうなんだけどね…………て、何で美優ちゃんが私たちの情事を知っているのかしら?」

「え? いや……これは……!?」

「まさか、覗いていたの?」

「ち、違います! あたしがしようといったんじゃなくて……、麻友ちゃんが……」


 と、美優は振り返るものの、そこには麻友はいない。

 どうやら、タイミングよくトイレに駆け込んだようだ。

 どんどんと顔が青ざめていく美優。


「ちょ、ちょっとばかり、少年と少女の情事というものに興味がありまして……」

「あははは……、十分犯罪だよ?」


 千尋さんは笑っているようで笑っていない。

 明らかに目の奥は怒っているようだ。


「ご、ごめんなさい……」


 美優は素直に謝った。

 でも、さすがにあの激しい様子を見学されていたとなると、恥ずかしさが込み上げてきてしまう。

 あの時はボクらは体が幼くなった分、お互いが初体験になっていたのだと思う。

 でも、記憶は以前のものを失っていなかった。

 だからこそ、お互いを激しく愛し合ってしまったのだ。


「でも、たとえ、あれだけのことをしたからと言って、翌日に赤ん坊が生まれていたら、末恐ろしいことよ?」

「はい。あたしもそう思うんですけれど……。でも、赤ん坊のお顔を見る限り、お二人の特徴が表れてますし……」


 そうなんだよなぁ……。瞳の色は完全に千尋さんのものだし、顔の雰囲気とかはボクなんだよね。


「それにおっぱいが好きなのも……」

「ねえ? それって私に対する当てつけ? ケンカなら即買いするけれど?」

「ち、違いますよ! 素直な感想を述べたまでです!」


 あたふたと釈明をしようとする美優。


「でも、それって単にお腹を空かせてるだけじゃないかしら?」

「え? そうなんですかね?」

「うん。なんか、おっぱいにしがみついているというよりも、何かを欲しているような感じじゃない?」

「あー、確かにさっきからちゅぱちゅぱと服に吸い付いてきていて、この赤ん坊は本当にお兄ちゃんに似てるなぁ……て感動してたんですよね」

「変なところで感動しないでよ!?」

「あはは。じゃあ、やっぱりこれってミルクを欲しがってるって感じですかね?」

「そうかもね? ねえ、出ないの? ホルスタインさん?」

「人を乳牛扱いしないでくれます!? さすがに千尋お姉さまでも、あたし、怒っちゃいますよ?」

「あら、出ないんだ……」

「そりゃそうでしょ? 普通、母乳が出るならば、乳腺が張ってくるものでしょうが……。あたしのお胸にはそんな兆候ないですもの」

「そうなんだ……」

「まあ、あんまりお兄ちゃんの前で言う話じゃないと思うけれどね……」

「う、うん。そうだね……」


 ボクは少し恥ずかしがりながら、頷いた。

 すると、赤ん坊は何やら鼻をひくひくとさせている。

 どうやら、気になる匂いを見つけたらしい。


「だぁ!」


 赤ん坊は目を蘭々と輝かせつつ、美優から千尋さんに抱き着きたがる。


「え? どうしたの?」

「何だか、赤ん坊が千尋お姉さまをご所望のようですね」

「どうしたの? 爆乳に飽きたのかしら……」

「だから、ミルクを欲しがってるからですって!」

「でも、私、そんなものでないわよ?」


 そう言いつつ、赤ん坊を美優から受け取る。

 赤ん坊は鼻をひくひくと反応させて、千尋さんの胸のあたりを吸い付く。


「ちょ、ちょっと!? で、出ないわよ!?」


 と、言っているものの、このままでは服が汚されると感じたのか、


「ゆ、優くんはちょっとそっち見ておいてくれるかな?」


 ボクは彼女に言われるがまま、反対側に向く。

 しゅるしゅると衣擦れの音がして、


「はい、もういいよ」

「あ、やっぱり吸わせることにしたの?」

「これでこの子が大人しくなるならね……」

「でも、何だか甘い匂いがするね」

「確かになんか甘い匂いがしますね」


 ボクが反応すると、美優もつられて反応する。

 すると、ボクらはそのあと衝撃的な絵面を見てしまう。


「んっ♡ あぁん♡」


 千尋さんが艶めかしい声を出したかと思うと、赤ん坊の口から何やら白いモノが付着している。


「ゆ、優くん……。どうしよう……?」


 千尋さんが焦った表情をボクの方に向ける。

 その意味が何となく読める。


「母乳……出ちゃってるんだけど………」


 かなりショックだったのか、うっすらと瞳に涙を浮かべながら、彼女はそうボクにはっきりと訴えてきたのであった。

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