第119話 あっけなく……終わらずに始まった。
戦いは一瞬だった。
これが始祖の吸血鬼の娘の力なのか……と驚かされるほどに。
二人の幼女巫女がこちらに向かって突進してくる。
千尋さんはそれを霧のごとく体を霧散させて避ける。巫女が急停止して翻すも、そこには彼女の姿がなく、視線を彷徨わせていると、後頭部を彼女の右手が強打する。
巫女の一人は勢いで吹っ飛んでいき、自ら作った障壁に激突するようになり、そのまま意識を失う。
もう一人の巫女はボクの方に向かってくる。
「—————!?」
ボクはいたって普通の人間なのだから、この攻撃を避けることなど不可能だ。
しかし、巫女がボクにけしかけたのがまずかった。
千尋さんはさらに殺気を高めると、そのままボクの方に向かって飛び出し、ボクの目前に巫女が迫った瞬間に伸ばした右手で巫女の首を掴む!
と、そのまま障壁まで突っ込む。
「ぐぎゃあっ!?」
人の声とは思えないような声を出し、口から涎のようなものを垂らす。
「大切な人に手を出さないでください————」
千尋さんはそう冷たく言い放つと、右腕に力を籠める。
鈍い音とともに巫女は腕がダラリと垂れ下がる。
殺ったらしい………。ボクは思わず目を背けるが、彼女がこうしてくれないと、ボク自身が殺されていたかもしれないと考えると、致し方ないことだ。
千尋さんは力を失ったそれから手を離すと、こちらに走り寄ってくる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、おかげさまでね。つくづくちぃちゃんが彼女で良かったと思ったよ」
「でも、私が彼女だから、こんな目にもあってしまったんですよ?」
「まあ、そうかもしれないけれど、ボクにとって、ちぃちゃんはちぃちゃんだからね」
「————!? あ、ありがとうございます」
彼女は少し安堵して、同時に頬を染める。
「でも、何だったんだろうね……。これ、本当に巫女?」
「いえ……。私にも分からくて……。本来、巫女なのであれば、もう少し神聖な力を纏っているはずですが、あの二人はかなり禍々しいオーラを感じましたね」
「じゃあ、何だろうね……。それにまだ無音のままだね」
「————!? 確かに……。おかしいですね」
「もう一人をまだ完全に倒していないから?」
「どうでしょう……」
その時、障壁の傍で気絶していたはずの巫女がぐらりと体を起こす。
「ちぃちゃん!」
「まだ、動けたんですね!?」
『オ前ノ 強サ……理解シタ……。許サヌ』
頭に響くように声が聞こえてくる。
「優くん、落ち着いて……。ただの念話ですから」
「そうなんだ。別に支配されているわけじゃないんだね」
「ええ、大丈夫です。でも、どんな手を仕掛けてくるかわかりませんけどね……」
「あれは神様じゃないね……。明らかにちぃちゃんを狙ってるから、何かあるんだと思うけど」
「そうですね……」
『オ前ガ コノ男ヲ 本気ナノデアレバ 試練ニ打チ勝テルハズ……』
「試練?」
「ええ、何のことでしょう……?」
そう思った瞬間に巫女が弾け飛んだ。
と、同時にボクらを黒い泥のようなものが襲い掛かってきた。
「うわああぁぁぁぁぁぁっ!?」
「きゃああぁぁぁぁぁぁっ!?」
ボクらは避けることができずにその黒い泥に包まれた。
視界を失ったかと思った瞬間に何か声が聞こえ始める。
どうやら殺されたわけではないらしい。
少し安堵する。
目を開くとそこには美優がいた。
が、美優の表情が何か衝撃を受けて困惑しているように見えてならない。
「ど、どうしたんだよ?」
ボクが美優に向かって言うと、美優は瞳から涙を浮かべる。
てか、どうしてボクの目の前にはこれほどまでに大きな胸があるのだろうか。
いや、妹のお胸が大きいことは分かっている。だけど、普段見慣れたサイズとは若干異なるような気がしてならない。
「………んんぅ………」
「ち、千尋お姉さま!」
小さなうめき声が聞こえる。
どうやら、千尋さんも目を覚ましたらしい。
と、ボクは千尋さんの方を向いて、固まってしまう。
彼女もボクと目が合って、固まってしまう。
「ゆ、優くん!?」
「ち、ちぃちゃん!?」
入れ替わってる!? と期待したかもしれないけれど、そんなわけはない。
それならば、美優がもっと衝撃をうけるはずだ。
では一体、何が衝撃的だったのかというと……。
「ど、どうして優くんがこんなに小さくなっているの……?」
「そ、それを言うならちぃちゃんも幼くなっているよ……」
「いやいや、二人ともさっきまで普通だったのに、強い風が吹いてきて、それが止まったら、二人ともこんな姿になっていたんだけど……!?」
「つ、つまり、ボクらは今、幼児体形に戻ったということなんだよね……?」
ボクはマジマジと自身の手を見つめる。
確かに幼稚園児……とまではいわないが、小学生のようなサイズである。
と、いうか、ボクらの服がブカブカだ。
「何だか、昔、あたしと遊んでくれていたころのお兄ちゃんに戻っちゃったね」
「本当だね……」
「意外と冷静だねぇ……」
「うーん。まあ、これが夢じゃないってことは理解できたからかな……」
「じゃあ、どうやって戻るの?」
「それはまだわかんないけど……」
ボクがそう淡々と答えると、美優がアハハ……と愛想笑いをする。
「でも、優くん……。あの巫女は『試練に打ち勝て』と」
「あー、確かに言ってたね……。でも、試練って何だろう」
「きっと私が優くんのことをこよなく愛しているということを見せつければいいんですよ!」
「え、どうやって……」
「普段通りでも伝わるんじゃないでしょうか」
「そんな楽観的な……」
「それよりも二人とも変に目立つから、一緒に移動して服でも買おうか……」
「「あ、はい……」」
まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。
ボクらがお互い好きであることの証明って何を求められているんだろうか……。
吸血鬼の千尋さんを愛することがそんなに問題なのだろうか……。
ボクはこの時まだ、このことを深く考えてはいなかった。
それほどの難問になるなんて思いもしなかったから—————。
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