第117話 彼女と妹は勝負する。
パンパンッ!
二礼二拍一礼。
さすがにお詣りの瞬間はあの口から生まれたのかと思うほど五月蝿い妹ですらも静かにその祈りを捧げる。
長い行列を待ち続け、その間に幾度となく殺意の視線を向けられたのか分からなかった。
美少女を二人も引き連れたモブのような男がそんなに疎ましいのだろうか……。
まあ、疎ましいだろうな……。
ボクは冷静に考えるとそのような視線を向けられた理由を何とかなく理解できたような気がする。
いやいや、今は邪念を振り払って祈念せねば————。
ボクは幸せいっぱいに平穏無事に彼女と暮らせることを、当然ながら願う。
え? あまりにも普通過ぎないかって?
いや、まあ、でもそれがやっぱり基本になるでしょ?
ボクは祈りを終えて、瞳を開き、そっと千尋さんの方を見る。
彼女は瞳を閉じたまま手を合わせたままだ。
ふっと微笑んでいるよう口元に目が行ってしまい、何だか可愛いと思うと同時に、いつもキスしているボク自身がなぜか恥ずかしくなってしまう。
そうだよな。
ボクにはこんなに可愛い彼女、本当に勿体ないくらいなんだから。
逆を見ると、美優もお祈りをしたままだ。
こちらはこちらで祈っている姿は、少し大人びた中学生といったところだろうか。もちろん、美優に負けず劣らず可愛いと思う。
あ、別に兄妹だからと言って贔屓しているわけではない。普通に可愛いのだ。
とはいえ、さすがにボクが襲われるのはちょっと違うような気がするんだけどね……。
呼吸をしているだけでその大きなお胸は上下にゆらりゆらりと揺れる。
て、ボクは何を見てるんだよ!?
彼女たちが目を開いたのは同時だった。
そっと一礼をすると、各々がボクの腕を先ほど同様に抱きしめてくる。
ぞわっと後方から殺気立つものを感じる。
いけない、いけない。ここは神の御前ですよ。
そのような邪な心が出ていては、神も仏も見てくれませんよ。
「つ、次におみくじでも行こうか?」
「うん! 賛成!」
「はい。ご一緒します」
ボクは話題を振り出すと、彼女たちは乗り気でおみくじの引ける場所にまで移動する。
さすが正月ということもあり、多くの参詣客がいる。
おみくじの場所に来たとはいえ、凄い行列だ。
「おみくじってこんなに並んで引くものなの?」
「お兄ちゃん。ここのおみくじを舐めちゃいけないよ! 結構ここのおみくじは当たるって有名なんだから」
どこから仕入れてきた情報なのか、妹がフフンッと鼻を鳴らしながら、解説してくる。
「いや、よく当たるって……」
「あら、確かに私も聞いたことがありますね。確か、昨年大ヒットしたあの新人女優さんはこちらのおみくじで『大吉』を引き当てた後にヒロインとして出演した作品が大ヒットして、そのまま話題をかっさらっていったとか」
「ええっ!? ちぃちゃんまでそんな情報持ってるの?」
「おいおい、お兄ちゃん? あたしは別に芸能通なんじゃないよ。普通に話題に上がっていたニュースを見てたくらいなんだからね!」
「あ、ごめん……」
そうだよな。こうやって色んな情報を頭に入れてるからこそ、妹はその情報を処理するのに長けているのだ。
妹の頭脳は侮ってはならない。
「ですので、気合いを入れておみくじをひかなきゃならないですね!」
やる気満々の千尋さんとか珍しすぎる。
何がどうした? そんなにおみくじに興味関心があったとは……。あー、もしかするとその芸能人のようにあやかりたいのだろうか。
まあ、それはごく普通の考え方だからしかたない。
順番が回ってきて、ボクらが六角形の木の筒を振ると、一本の棒が出てくる。
それらには番号が振られていて、「おみくじ処」にいる巫女(大学生のバイトだろうか……)に伝えると、後ろからその番号のおみくじを奉納料と引き換えに渡してくれる。
ボクらはその場を少し離れ、おみくじを見ることにする。
「祈念の内容は言ってはいけないって有名だから言わないけれど、おみくじは見せあってもいいんだよね?」
妹よ。それはそれでどうかと思うぞ。別にこれで競い合うわけじゃないんだから……。
なぜか、横の千尋さんまで鼻息を荒くしているように見える。
「じゃあ、私から行きますね! ………あら、吉ですね」
そこにはこう書いてあった。
———程程によろし。運気に「陰り」も見えないので当面は安し。
あとはこまごまと金運だとか恋愛運だとか記載されている。
「ど、どうやら、このままイチャイチャエチエチしろってことみたいです」
「絶対に神様がそんなこと言わないよね!?」
本当に学校の千尋さんとボクの前での千尋さんのギャップが本当に凄い。
「とはいえ、安心することばかりではないですね。失せもの見つけにくい、とか本当に恐ろしいですね」
「そ、そう?」
「ええ、もしも、どこかの泥棒猫に優くんが奪われたら、取り返しにくいってことですから」
「ねえねえ!? 何で、泥棒猫って言った時にあたしの方を見たのかな!?」
「さあ、ご自身のそのお下品なお胸に手を添えて聞いてみれば?」
「あー、またあたしのおっぱいんことバカにしてる。まあ、頭脳とお胸がイケてて、これだけの美少女かつ処女なんて、チートだもんね」
妹よ、なんてことを神社の敷地内で言うのだろうか……。
それと、そこで本気で憤怒を抑えきれないなら、千尋さんは煽らないこと……。
「で、美優はどうだったの?」
「あたしは~、おおっ!? 小吉だねぇ……」
「勝った!」
「ううっ! 負けた!」
ねえ、おみくじに勝ち負けってあったっけ?
とはいえ、どうやら千尋さんは小さくガッツポーズをしているが、美優はその文章からいいことを引き出そうと頭脳をフル回転させている。
で、書いてあったことと言えば、
———「ささやかな幸せ」で滞りがち。さらなる上昇を臨むには触れてないこと多し。
なるほど。まあ、いわゆる平穏な状態だけど、ここからさらに運気を上昇させたければ、やるべきことがあるだろう、と。
「なるほど……。運気上昇のためにしてないこと……。うーん。お兄ちゃんとのエッチかな」
搾りだした答えがそれなのか、妹よ!?
雑踏の中で言葉そのものは雑音でかき消されてはいたが、普通に聞こえていた人もいたのじゃないだろうか、とボクは不安になる。
「だって、お兄ちゃんって何だかアゲマンな感じがするし」
「その発言もなかなか問題だな……」
「えー、そう? でも、事実、お兄ちゃんと付き合うことで千尋お姉さまは、さらに美しさには磨きがかかるし、成績も上昇中じゃない?」
「ま、まあ、優くんが教えてくれるところもありますし、モチベーションを下げないように気遣ってくれるところもありますからね」
あー、無意識でしてたよ。
今さらながら、敢えて言われると何だか恥ずかしくなってくる。
だって、目の前でちょろっと照れながらそういう千尋さんは可愛いし……。
「もう! ここで惚気るのは止めてよね! で、お兄ちゃんは?」
妹がぐいっとボクの方に身を寄せてくる。
お、おいっ!? む、胸がボクにあたってるんだけど!?
「み、美優ちゃん!? 優くんにガッツかないの!」
「ええー、兄妹のコミュニケーションだと思って!」
「だ、ダメです。優くんはたとえ、あなたのであっても興奮するんだから……」
ああ、恐ろしいほど的確に分析されているような気がする。
とはいえ、その言葉に怒気も含まれているからボクは、大人しくしようと理性は働かせているんだよ!?
「わ、分かったよ……。見せるから二人とも落ち着いて……」
ボクは美少女二人にもみくちゃにされそうになりながら、何とかその場を押しとどめようと必死になった。
頼むから、周囲に人がいる中でこういう状況を生み出すのは勘弁してくれ……。
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