第116話 参詣客の立場にたって思ったボクの疑問。

 ボクのマンションから急行で5駅ほど移動した場所に、全国的に有名な稲荷神社があり、ここは新年に限らず多くの参詣客が訪れる。

 さすが正月ということもあって、色取り取りの晴れ着姿をしている者もいれば、やはり寒いからであろうか、しっかりとコートなどの厚手のものを着込んでいる者たちもいる。

 出店も期間限定で出店されていて、大賑わいといったところである。

 そんな中にボクたちも電車から降りたち、参詣客に混ざって並ぶことになる。

 が、周囲は新年早々、怒りに満ちた視線をボクに対して集中させてくる。

 いや、ボクは何も悪いことはしていない。

 そもそもボクはもう少し落ち着いて、地元の神社でひっそりとお詣りさえできればいいと思っていたのだ。

 それなのに、妹の美優が、


「お兄ちゃん! 確か、すこ~し電車で行ったところにお稲荷さんがあったよね? あそこ、懐かしいからお詣りに行かない?」

「ええっ!? このクソ寒い中でか……?」

「えー、つれないなぁ……」

「ゆ、優くん? その……お稲荷さんに私はまだ連れて行ってもらったことがないのですが……」


 妹の美優は、ボクの陰キャぶりに辟易していて、隣では彼女の千尋さんが何だか自分だけ共通の話題に載れていないと残念がってお願いしてくる始末だ。

 ボクは仕方なく、稲荷神社への参詣を了承することになったのである。

 で、彼女たちは、というと、ボクの腕にそれぞれが絡みついているのである。

 美優はボクの腕に抱き着き、ボクの腕は彼女の爆乳に惜しみなく挟み込まれて歩くたびに心地よい柔らかさが腕に伝わってくる。

 妹ほど爆乳ではない(だけど、十分巨乳だと思うよ?)千尋さんは、ボクの手を絡むように握り、


「恋人繋ぎをこういうお出かけでしたかったんです」


 と控えめで、かつ少し照れているところに可愛らしさを感じずにはいられない。

 そして、極めつけは、少しボクの方に寄りかかるような感じで空いた左手をそっと、ボクの腕に添えているのである。

 うん。すごく清楚!

 二人は着物を着てはいないが、出かける関係で少しお洒落をしているようで、ほんのりと化粧もしている。千尋さんに至っては、普段のストレートやポニーテールのような感じではなく、髪をアップさせて、後ろで結わえており、普段見えないうなじが見えていて、色っぽくも感じる。

 二人とも美少女と言われるだけあって、軽く化粧するだけでも色っぽく見えるものである。

 そんな二人が何の特筆すべき点もないモブっぽい男……つまりボクに抱き着きながら、参詣客として並んでいるのである。

 周囲の参詣客は新年のお詣りどころではないらしい。

 ボクに対する憎悪の念が否応なしに向けられてくるのは少々辛いんだけど……。

 神聖な場所でそのような表情をしていたら、神にすら見放されてしまうのではないだろうか、とさえ感じてしまう。


「それにしても凄い数のお詣り客ですね」

「まあ、ここは全国的にも有名だからね。いつも賽銭開きなんかでもニュースで取り上げられるくらい」

「それは凄いですね。確か、東京の方と関西の方でそれぞれ有名な神社がありますものね」

「まあ、そこに引けを取らないと思うよ。みんな新年を迎えると同時にお詣りに来るから、神社も24時間体制で今日は営業中って感じだろうね」

「何だか、大変ですね。神社の方々も」

「あはは。そういえば、千尋さんってこういうところでのお詣りは問題ないの?」

「あー、そのことですか?」


 ボクの言いたかったことを彼女は言葉の端から悟ってくれたらしい。

 つまり、ボクが言いたかったのは、吸血鬼である彼女がお詣りをすることに問題ないのか? ということ。

 まあ、日本の神様と西洋の悪魔(失礼)が仲が悪いのかどうか、ということに関する知識はボクは持ち合わせていないから。


「あまり気にされることはありませんよ。そもそも日本にも八百万の神様がいらっしゃいますし。私たちはどちらかと言えば、そういうものから忌み嫌われる存在なのかもしれませんが、別に殺人をしているわけでもありませんので」

「なるほどね。じゃあ、そんなに気にしなくていいんだね?」

「ええ。大丈夫です。事実、私の父は神主との知り合いもいますし、教会の牧師にも知り合いがいます」

「えっ!? 何だかそれはすごいね。だって、教会の牧師とか、明らかに吸血鬼と敵対関係であってもおかしくないよ?」

「まあ、人間が作る文献の中ではそういう感じで書かれていますよね。でも、実際はあれは人間同士でもよくある小競り合い……まあ、規模が大きくなれば、ちょっとした民族間による紛争と言ったところでしょうか」

「あー、なるほどね。何となく言いたいことは分かったかも……。つまり、吸血鬼であれ、教会関係者であれ、お互い生きていくことに変わりはなくて、何かしらお互いの中で納得できない事案が表面化すると紛争に至る、と?」

「まあ、そんな感じです。ただ、いきなり紛争になるわけではありません。私たちも話し合いを行います。話し合いを持ったうえで、お互いが譲歩できない事態になれば————」

「戦うの?」

「まあ、そういうこともありますってくらいです。あ、でも、私が生まれて以降はそのような戦いが起きたことはないとお父様が言ってましたね」


 千尋さんが生まれてから……、ボクは敢えて彼女に年齢を聞いたことがない。

 吸血鬼は普通の人間よりも長生きだということは聞いたことがある。だが、それはそれ……。千尋さんに年齢を聞くことと一致はしない。

 以前、やんわりと年齢の話をすると、


「私は優くんと同い年ですよ? それ以外に年齢があるんですか?」


 と笑顔だけれど、目の奥が笑っていない作られたスマイルで、悟らされたことがある。

 それ以来、彼女に年齢という言葉は禁句タブーとなっているのだ。


「さっきから、何だか、千尋お姉さまとお兄ちゃんが物騒な話をしてるねぇ……。世の中平和が一番なのに……」


 いや、美優も千尋さんと争って、ボクの平和を崩そうとしている一人だってことを、理解しておいてね。

 まあ、たぶん理解していないだろうけれど……。

 ボクは妹の屈託のない笑みを見て、そう思わずにはいられなかったのであった。

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