第112話 妹は本気を見せたい。

 何とか、麻友には校長へ突き出されることなく、ボクらは妹の美優と再度合流することができた。

 美優は生徒会主導のレクリエーションでも目立った存在だったらしい。

 それって、おっぱいが? それとも頭脳が?

 ボクはそんな不安もちらりとよぎったが、すでに特別推薦枠で合格を決めている彼女にとって、自身が次年度から学ぶこの学び舎を楽しみを待つことものように眺めている。


「来年にはこの制服に身を包んで学ぶんだね」

「うん。そうだな」


 美優はなぜか感慨深げにそう呟いた。

 どちらかというとこんなキャラではなかったが、やはり自分のなかでも感動しているということだろうか。


「頭脳明晰な学生もたくさんいるし、そこそこ顔の良い人もいるから、美優だったらすぐに彼女ができるかもな」

「はぁ? 何を言ってるのよ」

「えっ?」


 ボクが少し冗談じみた感じで言ったのに、妹は呆れたような表情でボクを睨みつける。

 ボクは千尋さんと「理解できない」といった感じで、視線を交わす。


「あたしにとっては、最高の彼氏はお兄ちゃん一択なんだから」


 その言葉に隣にいた千尋さんにざわりと緊張が走る。

 ええっ……。そんなに焦らなくてもいいんじゃないかな……。


「もしも、それ以外で、っていうなら……。そうね。あたしよりも賢い人がいいわね」

「ちょ、ちょっと……? 美優ちゃん……。それはさすがに……」


 今度は千尋さんが呆れたように突っ込む。

 特別推薦で入学した生徒は、今年は美優ひとりだけだ……。

 と、いうか、この制度ができてから合格したのは美優だけだ。

 それに成績だって、文句の言えないレベル。

 まだ本格化していないとはいえ、全国模試もベストファイブには入っている。

 そんな彼女を越せる存在がこの学校にいるなんて……。

 いや、いない。それは絶対にないな……。


「で、でも、それだと優一さんはダメじゃないですか?」


 千尋さんが若干ムキになりつつ、ツッコミを入れる。

 それに対しても、ふふっと微笑んで、


「あれ? 千尋お姉さま、焦ってるんですか?」

「な、何言ってるのよ……。私は真実を述べたまでよ」


 いや、千尋さん。それ、軽くボク、傷つくんですけど……。

 そりゃ、美優に比べたら、ボクの学力は低いかもしれないけれど……。そんなの偏差値なんていう人間が作り出した数値に踊らされているだけじゃないか! という言葉は何だか、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。


「お兄ちゃんは別枠です。すでにあたしの中で彼氏候補ナンバーワンに内定しています!」

「それって喜ぶべきなのかな……」


 ボクは複雑な表情を浮かべてしまう。

 そりゃ、妹のことは昔も今も変わらなく好きだけど……。それはあくまでも兄弟としてのことだ。

 恋人関係ということになると、それはまた別の話になってしまう。


「もちろん! 喜んじゃってください! こんな超絶可愛い、爆乳少女の体を弄べるんですから!」

「み、美優ちゃん!? ここ、学校だからね!? 発言には気を付けないと、合格取り消しにされちゃうよ!?」

「あれれ? 学園内で舌を絡めたキスをして、メス堕ちしかけた清楚可憐な優等生がどこかにいるって噂を聞いたんですけど?」

「ま、麻友ね……。本当にお喋りなんだから!」

「あ、認めましたね? そんな噂聞いてませんし、カマかけてみただけです」

「——————!?」


 千尋さんの表情は青ざめる。

 ああ、なんて恐ろしい子なの……美優ってば。


「そのうち、教室で異性不純行為を行って退学になりますよ?」

「そ、そんなことないもん! 見つからなければいいのよ」

「それ、犯罪者と同じ心理ですからね……」

「うう……。ちょっと青春を謳歌したいだけなのに……」

「性春ですよね……。明らかに千尋お姉さまのは字が間違っていると思います……」


 次々と千尋さんの言葉を交わしつつ、ダメージを与えていってる。

 何だか、頭のキレって部分で言うと、やっぱり妹は凄いんだよね。

 妹は悔しそうに睨みつける千尋さんを横目に、ボクの傍まで近づいてきて、


「お兄ちゃん? 初めては絶対に捧げちゃうからね」

「ちょ、ちょっと美優!?」


 ボクが反論しようとした瞬間、妹の唇がボクの唇に重なっていた。

 ほんの数秒。もしかしたら、一瞬だったのかもしれない。

 でも、それは確かにキスだった。

 目の前の千尋さんは悔しそうな表情から驚きの表情、そして怒りの表情へと四面楚歌の真っただ中だ。


「あーあ、お兄ちゃんに上のお口の初めて奪われちゃった♡」


 本当に美優は何て子だ……。

 もらえないなら、奪い取るという強欲さは、今も昔も変わらない。

 それをまさか、こんな事態にしてしまうなんて……。


「千尋お姉さま? こうやって生まれる恋ってのもラブコメにはありますよね?」

「ちょ、ちょっと!? そんなの絶対に認めない! 美優ちゃんは妾にだってさせないんだから!」


 二人とも……、ここは学校だからね。

 そういう言葉遣いには本当に気を付けましょう。

 突然の妹の告白は、千尋さんの憤怒を生み出すという事態になった以外、何もないとボクは思っていた。

 そもそも妹の言うことなんだから、とボクは軽く考えていた。

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