第111話 少女は時に嫉妬する。

 妹の美優の合格は、すぐさま本人の口から神奈川にいる両親のもとに知らされた。

 母さんも電話口で泣いて喜んでいたらしい。

 良かった。とはいえ、夏休みに決まる入試って逆に凄いな……。とボクはそう思った。

 妹はと言えば、生徒会主導のレクリエーションがあり、そちらに参加している。

 その間、保護者は自由に学園内を見学することができる。

 もちろん、もともと学生のボクらにとっては、そんな必要はないので、学園内のカフェショップでコーヒーを購入して、飲みつつ歩いている。

 夏休みというのに、大賑わいだ。

 部活動も今日は「魅せる」ためのものを行っているように思える。

 運動部であれば、幾分かライトな感じのものをやって、高校の部活動がどういうものなのかをあくまでも見せている。文化部は校内でそれぞれ部室でもてなすような感じで行われていて、美術部なんかは秋の文化コンクールに向けての作品の作成を公開したり、吹奏楽部も文化コンクールで披露する曲のセレクションを公開するといったチャレンジングな取り組みも行っている。


「優くんは部活動に入りたいと思わなかったんですか?」


 千尋さんは暑い夏なのにホットコーヒーを啜るボクに対して、話しかけてくる。


「そうだなぁ……。入りたい部活動があまりなかったのかな……。そもそもボクには運動は無理だろうし、文化部と言っても、誰かと共同で何かを成し遂げるというのは難しかったのかもしれないね」

「そうなんですね……」

「ちぃちゃんは何か入りたかったの?」

「候補としてはいくつか」

「ちぃちゃんの運動神経なら運動部でもいけそうだね」

「まあ、そうなんですけど……。でも、私の中でも選択肢としては、消えちゃいました」

「え? どうして?」

「だって、優くんがいない部活動なんて楽しくなさそうですから」

「…………」


 そんなことを急に言われたら、恥ずかしくなってしまう。

 だって、まだボクが千尋さんのことを意識していなかった頃の話じゃないか……。


「それにしても、美優ちゃんって本当に凄いですね」

「そうだよね。まさか特別推薦にまで受かっちゃうなんて……。本当に天才肌なのかもしれないね」

「そうですね!」


 あれ? 何だか千尋さんの様子がおかしい。

 ちょっとボクが視線を向けると、ちょっとつまらなさそうな表情をしている。

 その瞳も何だか、寂しそうにも見える。


「どうしたの? ちぃちゃん?」

「あんな子もいるんだなぁ……って」

「え。美優のこと?」

「はい。だってそうじゃないですか。スタイルも優くんをたぶらかしちゃうくらいにエッチな感じだし、あの顔はちょっとロリ顔っぽくて、今日もずっと色んな男性が見てました。そんな美優ちゃんは頭脳まで賢いとか、もうチートなんじゃないかって!」


 いや、それは始祖の吸血鬼の娘である千尋さんが言っちゃダメでしょ?

 すでに始祖の吸血鬼と血がつながっているっていうところで、チートなんだと思うし。


「優くんが本当に美優ちゃんに取られちゃったらどうしようって……」

「そんな心配しなくていいよ」

「………だってぇ………」


 瞳からポロポロと大粒の涙が浮かんでいる。

 そこまで心配させちゃっていたなんて……。ボクは何てことをしてしまったんだ。


「ボクはずっとちぃちゃんに一途だから……」

「本当に?」

「うん、本当!」

「本当に、本当に、本当ですか?」

「うん。本当に、本当に、本当だよ」


 これがいわゆる面倒くさい女の子ムーブとかいうやつ!?

 今まで小説とかでしか見たことなかったけど、本当に存在していたことに驚きを隠せない。


「じゃあ、見せてください。一途だということを」

「え?」

「できないんですか?」


 千尋さんの口元が少しだけにやりと意地悪に微笑んでいる。

 ズルい。これは試されているな……。


「あ、でも、ここでは……」

「大丈夫ですよ。ここの柱の陰とか、ほとんど人通りもないですから見えませんし」

「わ、分かったよ……」


 そういうと、彼女をそっと抱きしめつつ、唇を重ねた。

 彼女は自然と舌を絡めてきて、ボクはその舌を丁寧に吸い、そして舐め上げる。

 その逆もする。


「しゅき………」


 え? もうスイッチ入っているの!?

 今日は何だか早くない?


「ずっと我慢してたんです! 別にエッチなことをするつもりはないけれど、優くんが私の……ううん、私が優くんのものだってくらい愛して欲しいの」

「それっていつものエッチなちぃちゃんとどの辺が違うの?」

「もう! 今はそういう冗談はいらないタイミング!」


 彼女が少し拗ねると、そのまま再び唇を重ねた。

 彼女は今までの我慢をキスで発散する。

 お互いの唾液がとろりと引くような甘く蕩けそうなキス。


「うーん。本当にあんたたちってどこでもキスしてるね」

「ま、麻友!?」

「ど、どうして、ここに!?」


 ボクと千尋さんは慌てるように抱きしめあっていたものを解く。

 そこには陸上部のウェアを着た麻友がいた。


「こりゃどうも。あたしは夏休みは部活動があるんだからね。ちゃんと健全な高校生活を送っているんですよ。それにしても、学内で優等生二人組が破廉恥な行為とか、見つかったら本当に校長に呼び出しくらうよ?」

「ううっ!? それは嫌だな」

「とにかく、本当にキスばかりご苦労なことね……。そのうち、教室でエッチなことしでかすんじゃないかと冷や冷やしちゃうんだけど」

「そ、そんなこと、『今』はしないよ!」

「『今』ってわざわざ限定しないの! まるで近い将来するみたいじゃないの!?」


 麻友が憤怒する。

 それに対して、千尋さんは一瞬たじろぎ、


「ほ、ほら……。何かトラブルとか起こるかもしれないじゃない!」

「あんたの性に対する観念のタガが緩み切って、妊娠したくなった時ってこと?」

「や、やだ! もう! そんなこと……いいかも♡」

「いや、良くないよ!? ボクもちゃんと高校を卒業して大学は出るからね!」

「そ、そうだよね。子づくり計画はもう少し先よね。大学卒業して、妊娠して結婚! これよね!」

「千尋? 結婚と妊娠が逆よ? それじゃあ、授かり婚になっちゃうわよ?」

「え。何だか、それもいいかなって……。子どもはたくさん欲しいって思ってるし」

「あー、それに関しては大丈夫だと思うわよ。あんたたち、放っておいてもジャンジャン子作りしそうだから」

「そんなに褒めないで!」

「褒められてないよ!? ちぃちゃん!?」


 学校の人目が付きにくいはずのその場所は、ボクらがベラベラと喋っているうちに何かの騒動かと勘違いした学生たちの視線が集中する場所になってしまった。

 でも、そんな千尋さんの表情は先ほどの沈んだ表情とは一転したように感じた。

 ボクの気持ちはまだまだ弱いのかな……。

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