第110話 妹は素晴らしく大きい。
「お……おはようございます……」
ボクは目の前に立つ校長に向かって恐る恐る挨拶をする。
それにつられるように、千尋さんや美優も挨拶をする。
どうして恐れているかって?
みんなは栗林校長の怖さを知らないから、そんな悠長でいられるんだよ。
まず見た目!
学生時代は柔道部だったという校長は、そのまま警察の特殊機動隊に入隊して、数多くの凶悪犯と戦ってきたらしい。
だからか知らないけれど、無駄に顔も怖いし、体もごつい。
ボクからしてみれば、もはや塗り壁のように立ちはだかっているんですけど……。
次に声の低さ。
うん。これは重低音を利かせてるね! なんてレベルではない。
これはバスではなく、ドスだと思う……。
最後に気配もなく現れる。
これほどまでに大きな体格の校長が音もなく、スッと現れるのだ。
ボクらからしてみれば、驚くしかない。
それにこっちには始祖の吸血鬼の娘である千尋さんがいるのに、そんな千尋さんですら、現れたことに気づいてなかったようなのだ。
以上、三点から校長が怖がられているのである。
さっきまで賑わっていたはずの食堂は突如、お通夜のような静けさとなぜかボクの周りは悲しみに暮れた。
て、ボク何もやってないんだけど!?
「君が竹崎美優さんかな?」
校長がドスの利いた声で語りかける。
美優は「ひっ!?」と瞳に涙を浮かべつつも、
「あ、はい……。来春、こちらの学校でお世話になる竹崎美優と申します」
「よかった。探していたんだよ」
「ええっ!? あたしをですか!?」
「ああ、そうだよ。手続きの問題があってね。ちょっと校長室まで一緒に来てもらいたいんだ」
えっと……。手続きって何か問題あったのかな?
ボクらは普通に正門で手続きをしてから、きちんと今回のオープンスクールに参加しているのだけれど……。
美優は少し気まずそうな顔をして、
「分かりました……。じゃあ、今からお伺いします」
「そうですか。それは良かった」
平時、鬼の形相である栗林校長の顔がふわっと柔らかなくなる。
てか、そんな顔できるなら、校内でもその顔でいてほしいものだ。
なおかつ、学級委員ミーティングの時の校長と言えば、威圧感だけでも半端ないというのに……。
「君たちも一緒に来てもらうね。竹崎くんと斎藤さん」
「「あ……はい!」」
ボクと千尋さんは背筋を伸ばして、頷くしかなかった。
周囲からは、まるで人生終了宣言のような視線を投げかけられていた。
いや、だから、本当にボクは何もやっていないって……。
サクッとボクらはデザートを食べ終えると、食器を後片付けして、校長の後ろを歩きつつ、事務棟の校長室に連れてこられた。
一緒に歩いているさまは。まるで看守に連れられて行く囚人のようで、オープンスクールに参加している中学生や部活動をしている生徒たちからは、憐みの表情で受け止められていた。
重たそうなドアを開けると、応接セットが置かれていて、長椅子の方にボクらは案内される。
わざわざ校長自ら出張ってくるなんて……。
「いやぁ、すまない。急にこのような事態になってね」
「あ、いえ……。でも、ボクらが何かしたんでしょうか……」
「いや、竹崎くんや斎藤さんはわが校でも優秀な模範生として、私は担任から報告を受けているよ」
「そ、そうですか……」
ボクはほっと胸をなでおろす。と、同時にやはり疑問が湧き上がる。
果たして、ボクらはなぜ、ここに連れてこられたか、ということだ。
「それにこんなにも素晴らしい妹さんまでいらっしゃるなんてね」
「は、はい……」
いや、どうしてそこで妹が持ち上げられるのか……。
妹は確かに美人で、胸も特急品だから、素晴らしいといえば素晴らしいかもしれない。
でも、それを校長が言ったらセクハラになるんじゃないですかね……?
「竹崎美優さん」
「は、はい!」
「どうして、ここに来たか、分かっているよね?」
「え? あ、はい……」
やはり、ボクの方に視線をチラチラと向けて、少し気まずそうに返事をする妹。
もしかして、妹が本当に何かをしてしまったのか?
「もしかして、あれ、ダメでしたか?」
美優は気まずそうに校長に伝える。
少し落ち込んでいるような表情をしている。
「え!? だ、ダメなわけないじゃないか! 満点だよ!」
「ねえ、満点って何の話なの?」
千尋さんが美優に対して、話しかける。
美優は千尋さんにも「ははは……」と乾いた笑みを浮かべる。
「もしかして、お兄さんとかに言ってなかったのかい?」
「え? あ、はい……そうですね。もともと、私は神奈川に棲んでますから」
「そうだったのか!」
栗林校長は、右手の平をおでこにトンと当てて、
「まさか、どんな状況だったとはね……」
「あ、あの……話が見えないんですけれど」
ボクが話しかけると、校長は腕組みをして、姿勢を正す。
「美優さんはね。ウチの特別推薦に応募して、満点で合格したんだよ」
「ええっ!?」
ボクは妹の美優をがっつりとみる。
妹は「あはは……」と視線を逸らす。その顔は何だか、嬉しさと恥ずかしさが混ざり合っているようだ。
「と、特別推薦!?」
千尋さんも声を上げてしまう。
「く、栗林校長!? 特別推薦って、あの特別推薦ですよね?」
「ああ、そうだよ。きっと斎藤さんが言っている、その特別推薦のことだと思う」
「ち、千尋さん? それってどんな制度だっけ?」
ボクは恐る恐る彼女に訊いてみる。
そもそもボクには特別推薦などというものに興味がなく、一般試験で受験をしたという経験から推薦関係の制度に関しては疎い。
「優一さんは一般試験でしたからね」
「そういう千尋さんも一般試験で出会ったよね?」
「ええ、そうです。けれど、私は特別推薦にも出願していたんです」
「そうだったんだ」
「ええ。ものの見事に不合格になりましたけどね。特別推薦とは、学校での学力はほぼ満点レベルでなくては一次審査は通りません。さらに二次審査では、医歯薬関係の近年の課題とされる出来事とその解決法をレポートにまとめて提出するというものです。ほぼ合格者はゼロなので、『閉ざされた門』と言われているんですよ」
「それって入試制度として何だか問題じゃない?」
「でも、それに受かれば、3年間の学費は免除。教材費も免除! 食堂利用も常に半額!」
「何それ!? そんなことしてたの!?」
「だって、この入試で受かる生徒って間違いなくトップレベルじゃないですか。他の高校に取られる前に、囲い込んでおきたいってことだと思います」
「ねえ、校長の前でそういう話はよさないか?」
「あ、ご、ごめんなさい!」
栗林校長に指摘されて、千尋さんがシュンッと大人しくなる。
そして、校長はひとつの封書を美優の前に差し出す。
「これがその証明になる書類だ」
美優はそれを受け取り、封を開けると、確かに合格という文字が印字されている。
美優は嬉しそうに、でも、ボクらの前だからだろうか、少し恥ずかしそうに照れる。
「ありがとうございます。精進いたします」
その顔は今まで見た美優の幼い顔ではなく、大人に成長してきている、そんなことを受け止めざるを得ない。そんな表情だった。
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