第109話 ボクたちはボクたちのキャラがある。

「まあ、これが私たちの学校でのキャラって感じかしらね」

「まあ、そういえばそうだよね……」


 千尋さんはボクに対して、落ち着きを取り戻した口調でそう切り返した。

 ボクもそこは頷くしかない。

 そもそもボクたちは付き合っていることは、公言まではしていないが、一緒に登校していたり、校内でも一緒に行動していることから、付き合っていることは周知されているようなものだ。

 とはいえ、彼女は「高嶺の花」として周囲からも尊敬の念が堪えない千尋さんだから、そう簡単に恋バナを振ることもできないでいる、というところにである。

 ボクはというと、これまでの陰キャムーブが功を奏していて、あまり話しかけてこられることはない。

 まあ、若干、クラスメイトとの仲が良くなったくらいだろうか。

 てか、ボクってこれまで放置されている感じだったのかな……。


「もとより、私はこういうキャラクターで通してきたから、ここから急に陽キャにイメチェンするなんて不可能よ。ま、まあ、プライベートな部分では見つかったとしても、お淑やかでいてるから大丈夫だし」

「うーん。千尋お姉さまって、努力家なんですね……」

「いや、そんなにシミジミされることじゃないし……。こうやって『高嶺の花』をしてるほうが、変な虫がつかなくていいのよ」

「まあ、そのかわり、ボクと付き合い始めた時期からは、周囲からボクへの攻撃的な視線だけは増えたけどね」

「それは……まあ、そうなるよね。お兄ちゃんは頑張ってって感じだけど」

「うわ。雑だね」

「そりゃ、男の嫉妬はそんなものでしょ。お兄ちゃんはこんな美人な千尋お姉さまと付き合うことになったんだから、波風を受けるくらいドンと構えなきゃ」

「いや、ボクのことなんだと思ってるの?」


 全く、ボクはそんな強い人間じゃないんだからね!


「優一さんはそんなに心配する必要はありませんよ。私が付いていますから」


 千尋さんはボクの方を見て、にこりと微笑んだ。

 ボクと付き合うようになってから、千尋さんは学校内でもこうやって笑顔になることが増えたと周囲は言う。なんでも、彼女の微笑みのことを、「女神の祝福」などと呼んでいるそうだ。

 本当にいい迷惑だと思う。


「ボクも男として、千尋さんを守るときは頑張らないとな!」

「あ、別にそんな張り切らなくても……。夜だけで結構ですから」

「———————あ。」

「ちょっと!? 千尋さん!? 今の顔、かなりエッチでしたよ!?」

「ええっ!? 私、そんな顔してませんよ?」

「いえいえ、かなりデレてましたよ。……最悪メス顔と言っても過言ではないかと」

「いや、そりゃ言い過ぎだよ……。まあ、でも、昼間からする話じゃないし、妹の前でそういう話はダメだよ」

「わ、分かりました」


 千尋さんはタジタジとしながら、エビフライをパクついている。

 このエビフライもまさかの有頭エビ! そりゃこれがまずいはずがない!

 プリッとした歯ごたえと少し酸味を抑えたタルタルが絶妙にマッチしている。


「そっかぁ……。まあ、キャラがそういうことで言ってるなら、そのままでいいかな。だって、何だかおかしくてさ。家ではニックネームで呼んでるのに、学校では敬語なんだもん」

「まあ、そうやって距離をいくらか取っておくと、何かといいんですよ。それに私たちが同棲しているなんてことは一切、バレてはいけないことですから」

「おおっ。確かに。だから、このあいだ、二人で出かけるときに、時間差を開けて出て行ったのね」

「まあ、そういうことだな。だから、美優もそういった話は漏らさないでくれよ」

「まあ、退学なんてことになってしまっては元も子もありませんからね」

「おっけー!」


 そう言いつつ、美優はいつの間にか食事を平らげ、デザートのプリンを手に取っていた。


「何だか、素朴な感じだね。まあ、ちゃんと下にはカラメルソースも入ってるんだね」

「素朴っていうな。これがなかなか美味いんだから」

「まあ、お兄ちゃんの舌は、裏切ったことないから大丈夫かなぁ……」


 この信頼のなさ!

 ちょっと、ここでグレちゃってもいいかな?

 美優はプリンの入ったカップを手に取り、スプーンですくいあげる。

 そこのカラメルと程よく絡み合っていて、美味しそうだ。


「じゃあ、食べてみるね」


 そういうと、スプーンを口の中に入れる。

 刹那。彼女の顔がパアッと明るくなる。


「これ凄い! 生クリームの滑らかさと、コクのある卵黄、そして程よく焦がされたビターなカラメル。このプリン、絶品だよ!」

「そうね。本当に美味しいですね」


 いつの間にか、千尋さんもプリンにたどり着いている。

 あれ? メインが残っているのってボクだけなんだけど……。

 ボクってそんなに食べるの遅かったかな……。


「こんなにあっさりとしているのに、コクのあるプリンは初めてですね」

「千尋お姉さまもそう思う? あたしも、このプリンにはちょっと感動しちゃったかも! 毎日食べてもいいね」

「いや、毎日食べたら、太るよ?」

「ふっふっふ! 大丈夫だよ! 栄養はすべてお胸の成長に使われるからね!」


 鼻高らかにそう宣言する美優。

 それに対して、明らかに動揺してしまう千尋さん。いや、千尋さんは程よい形だからいいんだよ!? 壁じゃないんだからね!

 どうして、そうやって妹はボクの彼女の地雷を踏み続けるんだろうか……。

 ボクがそんな状況にゲンナリとしてたところに、学校長がボクらの前に現れた。

 え—————。な、何かやったのかな……?

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