第108話 彼女は食堂デートをご所望でした。

 今日はオープンスクールということもあって、夏季休業中にも関わらず食堂の盛況ぶりは普段のそれを凌駕するほどだ。

 オシャレなエントランスを抜けて食堂に入ると、そこには様々な制服を着た生徒たちが所狭しと席に着き、食事を取っていた。


「おおーっ! これは凄いね!」


 美優もさすがに目を見張った。

 明らかな盛況ぶりと、いい香りが美優の好奇心をすべて奪っていったらしい。


「さっそく食べようよ!」

「ええ、そうですね。じゃあ、私は席を取りに行ってきますので、優一さんは私の分も買って来てもらっていいですか?」

「あ、うん。今日はオープンスクールに合わせた特別メニューがあるみたいだから、そのランチメニューで良い?」

「はい。実は私もちょっと気になっていたんで」


 そう笑顔で返すと、千尋さんは席を取りに行ってくれた。

 その様子を見ていて美優が、


「何だか、お兄ちゃんと千尋さんって本当に夫婦みたいだよね」

「ぶふっ!? 何を言ってるんだよ!」

「いや、まあ、見た感じからだけどね……」

「そ、そうか……?」

「あらら? 実は満更じゃない感じかな?」

「そ、そりゃまあ、彼氏彼女って感じだったのが夫婦って言われるようになったってことなら、それだけ仲良くできてるってことだろ?」

「あー、まあ、仲良くってところは心配してないよ。そもそも相思相愛なんだからさ」

「ま、まあ……」


 恥ずかしくなってしまい、ボクは黙り込んでしまう。


「じゃあ、買いに行こっ!」

「あ、うん」


 ボクと美優は並んでいる学生たちの最後尾に立つ。

 美優は色々と並べられているメニューに目移りしているようだ。

 まあ、ボクも入学したての頃はそんな感じだった。

 ウチの学校の食堂は、ボクのようにマンションや寮に棲んでいる生徒も多い。そのため、毎日飽きないようにメニューが豊富で、かつ学校がいくらかの援助を出していることもあって、リーズナブルというのが良い。

 教育だけでなく、健康という面においてもしっかりとした対応をしてくれているのは本当にいいことだ。


「うーん。迷うなぁ……」

「まあ、種類が多いからな」

「そうなんだよねぇ……。できれば毎日来たいレベルだよ」

「あはは。まあ、入学すれば可能かもしれないけれどな」

「そっかぁ……。まあ、今日はオープンスクール限定ランチにするよ」

「そうか。じゃあ、頼むか。今日はボクが払っておいてあげるよ」

「え!? ホント? ありがとう!」


 と、言ってボクの腕に抱き着く妹。

 むにゅにゅん♡

 周囲からはチクチクと刺さる視線が何だかつらい。

 ああ、胸の柔らかさとで中和されるってこともないよ。

 もちろん、こんなところを千尋さんに見られたらおしまいだから、ボクは美優の頭を撫でて、


「誰にでもあんまりに抱き着いちゃだめだぞ」

「大丈夫。抱き着くのは大好きなお兄ちゃんだけだから」


 はい、そこの中学生。なんだか羨ましそうな視線でボクのことを見るのは止めなさい。

 この場所をボクはそれほど望んではいないけれど、君に譲るつもりはないから……。


「まあ、程々に頼むよ……」


 ボクは券売機(タブレットで押して購入するなんて、新しいよなぁ……)で、限定ランチを3つ頼む。

 決済は当然、QR決済だ。

 ピピッ! と明るい電子音が鳴り、レシート兼食券(購入証明)となるチケットが3枚排出される。

 それを取って、ボクらは列が進むのを待った。

 程なくして、食事を受け取ると、セルフサービスのお茶などをコップに入れて、千尋さんがとっておいてくれた席に移動した。

 千尋さんが取っておいてくれたのは、食堂の中庭にほど近い場所で、日当たりのよい明るい席だった。


「うわぁっ! これはこれですっごくおしゃれだね!」

「よくこんな席空いてたね?」

「タイミングの問題かもね。ちょうど探していたら、ここが空いたの」

「これには千尋お姉さまに感謝!」

「はい。これ千尋さんの分ね」

「ありがとう。さすが限定メニューってだけあるわね。ハンバーグにエビフライ。ミートスパゲティーにサラダ。コンソメスープにデザート付きだなんて」

「あ、そのプリンはお兄ちゃんからのプレゼントだよ」

「あら? そうなの?」

「うん。以前、ここのプリンが凄くおいしくてね。食堂のおばさんたちの手作りですっごく濃厚だったから、ぜひとも二人に食べてほしいと思ってさ」

「それならば、喜んでいただくわ。それにしても凄い量ね。ゆっくりと食事を楽しむことにしましょう」

「はーい! では、さっそくいただきまーす!」


 食事を前にした最高の微笑みとはこういうことのことを言うのだろうな。

 美優は箸を手に取り、ハンバーグに切れ込みを入れる。

 溢れ出る肉汁はそのハンバーグの旨味をしっかりと閉じ込めていた証だ。


「うん! これは美味しい! 肉を食べてるって感じの触感と、味付けもいいねぇ!」

「本当ね。私も初めて食べたけど、これはなかなか美味しいわ」

「千尋お姉さまも食堂は使われるんですか?」

「ええ、何度か使ったわ。とはいっても、あまり友達がいたわけじゃないから、色々と話を聞いてほしそうな悲しき男が前にはいたけどね」

「………それって」

「まあ、食事をおごるから話を聞いてほしい系の男よね。もちろん、話は半分くらいしか聞いてなかったけど」

「なかなかひどいですね」

「ふふふ。そうでもしておかないと、興味津々と聞くってことは、その異性に対して興味関心を持っていると判断されちゃうわよ」

「ええっ!? そうなんですか?」

「男ってそういうもの。好きな異性に対して、まずは自分のことを何よりも知ってもらおうと必死になるものよ」

「へ~。お兄ちゃんもそうだったの?」

「ええっ!? ボク?」

「あはは。お兄ちゃんはそんなタイプじゃないか」

「そうね。優一さんには私の方から好きのアピールしちゃったから」

「へぇ~。それにしても、お兄ちゃんと千尋お姉さまってどうして学校では、そんな話し方なんですか?」

「「え………?」」


 ボクらは一瞬固まる。


「だって、家ではあんなにラブラブしてて、千尋お姉さまなんて、お兄ちゃん大しゅきオーラが凄いのに……」

「ちょ、ちょっと!? 美優ちゃん!?」


 千尋さんは美優の口に手を当てる。

 まあ、仕方ないよね……。これはボクらのルールなんだから。


「美優。実はこれは色々あってね……」


 ボクはおもむろに口を開いた。

 まあ、そんな大それた理由じゃないんだけどね。

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