第107話 少年が平穏無事な学生生活を送れない理由。
「ふ~、長かったねぇ~。さすがに疲れちゃったよ」
「いや、失礼なこと言うなよ……。校長先生とか卒業した先輩の動画とか流れて結構楽しめたと思うんだがなぁ……」
そう。ボクはオープンスクールに参加したことがなかったということもあって、今日の説明会は何だか新鮮な気がした。
そもそも、この学校に決めたのも、棲んでいたところから近くて、学力が見合っているということから選んだだけだ。
こんな進学校だったなんて言うのは、入学してから、周囲の反応で知ったに過ぎない。
中学校の頃から、友だちと呼べる人もそんなにいなかったので、鶯ヶ丘高等学校のレベルなんてモノを気にしたことはなかった。
ただ、家族からボクの成績とちょうどいい感じの場所だから……、という理由だけで選んだ学校だった。
けれど、合格が決まって入学手続きを終えてすぐに、父さんの転勤が決まった。
最初は、単身赴任にしようという話が上がったが、姉貴の勤めていた企業に近いということと、今後の妹の学業のことも考えての引っ越しとなった。
つまり、ボクだけがここに残ることに。
とはいえ、もともと住んでいたマンションをそのまま残しておくというのは、ややお金の使い方が荒いのではないか……? と心配にもなってしまう。
そのことを相談したら、どうやらここはあるコネから借りているものだから、それほど費用が掛かっているわけではない、と。
まあ、子どもが心配しなくてもいい問題なのだろう。
「でも、お兄ちゃんが通っている学校のことはよく分かったかな」
「そうか。じゃあ、校舎見学に行くか?」
「その前にぃ~。ランチが頂きたいですねぇ~」
美優はボクの左腕にすり寄ってくる。
なるほど、昼食をおごれ、ということか……。まあ、仕方ないか。
「じゃあ、食堂にでも行くか?」
「やっほーっ! ありがとう! 大好き! お兄ちゃん!」
チュッ!
美優はボクの左の頬に軽くキスをしてくる。
周囲には、来年度入学を考えている他の中学生たちがたくさんいる。
その前で、だ。
「ちょ、ちょっと!? お前なぁ……」
「ふふふっ! 兄妹なんだから、別に何の問題もないじゃない! あいさつ程度のものだよ!」
「い、いや……だからと言ってだな……」
ボクはそういって、つぃ~っと視線を右にずらす。
そこには学校内での清楚可憐モード状態の千尋さんがボクに対して、冷ややかな視線を送っていた。
ブルルッ! と身震いしてしまう。
今って真夏のはずだよね!?
今日もニュースで猛暑日になるって言ってたよね!?
どうして、ボクの周辺はこんなに寒いの!?
「ち、千尋さんも食事一緒にどうですか?」
「あら? いいんですか? 妹さんが楽しまれているというのに……」
「い、いえ、ボクは千尋さんと一緒に食べたいので……」
「————!? そ、それならば……ご一緒させていただきますね」
やはり学校での千尋さんは清楚可憐で美しい。
部活動をしている生徒たちはもちろんのこと、オープンスクールに来ている中学生までも魅了してしまっている。
「で、では、一緒に行きませんか?」
「あ、はい!」
ボクはそういうと、彼女の手を取る。
指を絡めるように手を組みつつ、
「じゃあ、行きましょうね!」
「ちょ、ちょっと!? 優一さん!? 学校内ではあまり露骨な恋人ムーブは止めましょうって言ったじゃないですか……」
「でも、如月生徒会長みたいな人がいつ現れるか分からないんで。千尋さんはボクの彼女ですから」
「—————♡」
千尋さんは無言だったが、一瞬デレたように見えた。
しかし、それも一瞬だけで、すぐにいつものスンッとした表情に戻る。
「何だか、お兄ちゃんたち見てると面白いよね……。本当に学校では仮面かぶってるみたいだもんね」
「み、美優ちゃん!? 何てことを言うのよ……。学校では常にこうでなくては、学級委員という大役を担うことができないんです」
「千尋お姉さまなら、きっと学級委員どころか生徒会長にまでなれそうだけれどね……」
「ああ、そうだね。ボクもそう思う」
「もう! 優一さんまで……。でも、もし、私が生徒会長になったら副会長は優一さんしかいませんからね!」
え、そういうことになるの!?
ボクは出来ればそういう事態になることだけは避けてほしいところだけれどね……。
「お兄ちゃんが副会長かぁ……。何だか、それはそれで楽しそうだねぇ……」
「おい、美優? ボクをネタに使うのは止めなさい。ボクは平穏無事に高校生活を過ごしたいだけなんだよ……?」
「え? でもそれってかなり無理じゃないかな?」
美優は眉をひそめながら、そう言ってくる。
「いや、だって、今、お兄ちゃんは千尋お姉さまと付き合ってるじゃない?」
「あ、うん。そうだけど?」
「普通に考えて、こんなに可愛い女の子と付き合っていて、周囲から何も思われずに平穏無事に高校生活が送れると思ってるの?」
「ううっ!?」
確かにその指摘はあながち間違ってはいないような気がする。
こうやってボクと千尋さんが今、手を繋いでいるところすら、苛立ちを含んだ視線がボクに投げつけられるのだから。
「まあ、無理だよね。こんな可愛い彼女と一緒だったら……」
「ちょ、ちょっと!? 優一くん!?」
もう、耳まで真っ赤になってる。
ああ、やっぱり可愛いなぁ……千尋さんは。
「あー、はいはい。それにお兄ちゃんが苦しむ理由はもうひとつあります!」
「———!? な、なんだよ!?」
「あー、それはそのうち、分かると思うから……。まあ、まずはとにかくランチを食べよう!学食、美味しいんでしょ?」
「ええ。美味しいですよ。麻友に似た味付けで」
「それは美味しいよね! てか、そもそも麻友ちゃんの料理スキル高過ぎじゃない!?」
そんな他愛もない会話をしながら、美優は千尋さんと一緒に食堂へと向かった。
うーん。やっぱり、妹が言ってることが引っかかるんだよなぁ……。
ボクは目の前にいる二人の背中を見つめながら、その違和感が何なのか悩むのであった。
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