第91話 妹は覚醒してしまったのかもしんない……。

 今、ダイニングテーブルには、千鶴さん、美優ちゃん、その横には優一さん、そして向かい合うように麻友とその横に私が座っていた。

 相変わらず美優ちゃんから私への視線は突き刺さるようなものだ。

 とはいえ、まだこれから明らかにされる事実を受け止めてくれるのかどうか、という不安はある。


「……はぁ~~~~~~」


 私は深いため息をついてしまう。

 いや、反省の意思がないとか言わないで欲しい。反省くらいなら、麻友に起こされてから死ぬほどした。

 が、さすがにこの状況はどうあっても受け入れてもらえないと思う。

 麻友は私に変わって状況を説明してくれている。

 それを優一さんたちご家族が神妙な面持ちで聞いている。


「と、いうわけで実害はそれほど大きなものではないのですが、吸血鬼モードに入ると、どういう行動を示すのか、あたしにも分からないです」

「つまり、簡単に言うと、どっかで発作のように吸血鬼になる可能性がある、と?」


 優一さんの指摘に対して、私はゴクリと唾を飲み込んで、


「まあ、そういうことです。今の美優ちゃんはいつも通りだと思うのですが、どこかのタイミングで彼女が吸血鬼モードになった場合は、もしかすると血を欲するかもしれません」

「そんなの嫌よ! 飲むのなら、お兄ちゃんの血がいいもん!」

「そ、それはダメです!」

「どうして? 千尋さんがお兄ちゃんの彼女だから?」

「そ、そうです……」


 美優ちゃんの圧にすごんでしまう吸血鬼ってどうなんでしょう……。

 今日の私は清楚であることも必要ですけれど、同時に私のしでかした過ちに対する誠意というものが試されているのです。


「まあまあ、美優もそう怒るなって……。ボクもちぃちゃんの眷属になったけど、大きな問題は怒ってないからさ」

「お兄ちゃんはきちんとした眷属だからです。あたしは仮眷属というものだって、さっき麻友さんがおっしゃっていたではありませんか。ということは、あたしはいつか吸血鬼として気が狂った状態になることもあるということですよね」


 うわ。何だか、吸血鬼に対して物凄く失礼なこと言ってるんだけど……。

 それに気が狂うって何よ! 私はそんな気が狂うことなんてないわよ!


「それもこれもすべて、お兄ちゃんが千尋と付き合うことになったからよ!」

「ええっ!? それは何だか違うような気がするぞ!」

「いいや、あたしの大事なお兄ちゃんは吸血鬼に奪われた!」


 美優ちゃんが机をバンッ! と叩いて、その場を退席する。

 そのまま自室に引きこもるような感じで戻っていった。


「あらあら、ごめんなさいね。千尋さん」

「あ、いえ……でも、私の責任ですから。彼女は何も悪くないですよ」

「まあ、そうなんだけど……」


 千鶴さんはショックを受けているのか、ずっと口元を手で押さえている。

 本当に申し訳ないことをしてしまった。


「あのぉ……千鶴さん?」

「何? 麻友ちゃん?」

「いい加減、笑ってもいいですよ。退席しちゃったんですし……」


 ………………は?

 私は思わず麻友の方を真顔で向いてしまう。

 こいつは何を言っているんだ!? 千鶴さんは悲しんでるんだろ!?


「そ、そうよね……。はぁ……。いざ、笑えって言われたら、なかなか笑えないものね」

「いや、本当に笑おうとしてたんですか!?」

「そうよ? 千尋ちゃん、本当に今回はありがとう。これでまた人生の楽しみが増えたもの」

「いやいや、ご子息が吸血鬼の仮眷属になってしまったんですよ?」

「うん。それはさっきの説明で理解はしたわよ。それに吸血行動は起こしそうにないって話なら、学校でも問題は起こらないだろうから、別にいいんじゃない?」

「いいの!?」

「千尋? 優一のお母さんは普通じゃないのよ?」

「それって貶してるわよね?」

「やだ~、そんなに褒めないでよ~」

「本人は褒めてもらっているように感じているみたいよ?」

「じゃあ、まあ、いっか……」


 いや、普通によくない話だ。

 そもそもどういう症状かすら確認ができていないのだから……。


「とにかく、あの子の友達……美鈴ちゃんには美優が頭ぶつけてちょっとおかしくなったって伝えておくわね」

「お母様!? それでいいんですか!?」

「いいのいいの。美優ちゃんがおかしいのは今に始まったことじゃないし」

「いや、それはそれで大問題発言ですよ。本人が聞いてたら、本気で家出されちゃいますよ?」


 私がそういったタイミングで後ろの方でドアの開く音がする。

 あー、だから言わんこっちゃない。

 私は思わず頭を抱えてしまいそうになった。


「あら、美優? もう、大丈夫なの?」


 千鶴さんの問いかけに「うん……」と小さくうなずく。

 あれぇ……何だか雰囲気が違うんだけど……。


「これってもしかして————」

「入ってるかもね……、吸血鬼モードに……」


 私と麻友は恐る恐る後ろを振り返る。

 と、そこには——————。


「千尋お姉さま~~~~~♡」

「み、美優ちゃん!?」


 まるで可愛い猫のように美優ちゃんが私の膝に頭を載せてきて、喉をゴロゴロと鳴らしているような素振りをする。

 ちょ、ちょっと待って!?


「あらあら? すごく仲が良さそうね?」

「そ、そうみたいですね……。さっきまでの突き放し方とは全然違いますね……」

「お姉さま~。美優は~、物凄く~寂しかったのですぅ~~~♡」


 ねえ、この子、瞳の奥がハートマークになっているんだけど……。本当に大丈夫!?


「み、美優ちゃん? 血が飲みたいとか思ったりする?」

「そんな! お姉さま! あたしはそんなもの飲みたくないですぅ~! 飲めるなら、お姉さまの汗か、おし●こが………」


 この子、何を照れながら言ってるの!? 変態じゃない!?

 それに千鶴さん!? メチャクチャ喜んでるんですけど!?

 てか、優一さん? そんなにドン引きの目で私を見ないで! 私が悪いんじゃないの……。いや、私が悪いんだけど、こればかりはガチャみたいなもので、私が悪いんじゃないの!!


「うふふふ……。これは面白い状況ね……。ちなみにこの症状ってどうやったら収まるのかしら?」

「いやぁ、あたしにはわかんないかも……」

「麻友? こういうの詳しいでしょ? どうして知らないのよ?」

「いや、そもそも吸血鬼はあんたのほうでしょうが……。あたしがそこまで細かく知ってるわけないじゃない。人体実験していたわけじゃないんだから……」

「いや、まあそうなんだけど……」

「じゃあ、もしかして、治らないかもしれない?(笑)」

「だから、お母様!? 楽しまないでくださいよ!!」


 私が本気で突っ込む。

 が、お母さんは動じるような感じはない。それどころか————。


「いつもの美優ちゃんもいいけれど、こんな甘えん坊の美優ちゃんもいいわね。ただ、甘えているのが、突き放していた千尋ちゃんに、というのが面白いわね」

「私にとってはいい迷惑なんですけど……」

「美優、お邪魔虫ですかぁ~~~?」

「あー、そんなことないよ。私、美優のことすっごく好きだから……」


 私は何とも言えない状況で抑揚を失った言葉でそう呟く。

 千鶴さんは、その状況もくすくすと笑って、


「これがツンデレってやつね?」


 とか、言ってる始末だ。

 ちなみにこれはツンデレじゃないわよ! 絶対に違いますからね!

 こ、これ、治らなかったら、一緒に寝なきゃいけないんじゃないかしら……。

 ああ、優一さんとの二人きりの時間が欲しいのにぃ~~~~~~~っ!!!

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