第90話 嫌な予感とポンコツ女のやったこと。
「ねえ、あれってどういう状態なの?」
千鶴ママがあたしにヒソヒソと訊いてくる。
かくいうあたしはというと、冷凍庫の中にあったカップアイスのバニラ味を現在絶賛堪能中だったりする。
まあ、ここ優一の実家なんだけどね……。
「さあ……。ついに壊れちゃったんですかね」
「いやいや、ついにとか意味が分からないんだけど……。今までもこうやってつぶれちゃいそうになったことが何度かあるってこと?」
「う~~~~~~~~~~~ん。ないかな……」
あたしは一応、悩んだふりをして、軽く返事をする。
「何それ………」
千鶴ママはあたしに対して、ジト目で怒りをぶつけてくる。
「いやぁ、そんなこと言われても、さすがにあたしにもあそこまで精神的に追い詰められた……というか壊れた優一は初めてなんで……。それに今の優一、何だか近寄りがたくないですか?」
「ま、まあ、そうね。何かブツブツ言ってるように思えるんだけど……」
「あー、千鶴さんは聞かない方がいいかも……」
だって、今、優一はずーっと「おっぱい」「ふにゅふにゅ」「包まれたい」という言葉を連呼しているのだから……。
「まあ、きっと美優ちゃんと何かあったんじゃないですかね?」
「そう? まあ、確かにあの子が一番、優一に会いたがっていたことは否定しないけど、それにしても、出会って数時間であそこまで壊れちゃうの?」
「まあ、どちらかというと壊しちゃった……が正しいんじゃないですかね」
て、やっぱり千尋も絡んでるんだろうなぁ……。
だって、アイツら、さっきいた部屋から優一がふわふわとした足取りでリビングに出てきた。
で、あたしはというと、怖くてその部屋を覗くことができていない。
いや、ほら、明らかに巻き込まれるような気がしてならないじゃない?
「さっき、あの子の部屋で何か呪詛が聞こえてきたんだけど……。それが関係あるのかしら?」
「呪詛!?」
あたしには普通に、千尋と美優ちゃんの悶えているような声しか聞こえてきていないんだけど……。
それにその声が絶頂を迎えた時に、優一の香りも最高潮のものが匂ってきた。
てことは、やってることと言えば—————、
「やっぱりどっちが上かマウント合戦してたんだろうなぁ……」
「やっぱり私が覗いた方がいいのかしら?」
「いや! 千鶴さんはお仕事に戻ってください! ここは、あたしが何とかしておきますから! さ~て、アイスも食べ終わったことだし、体を動かそうかなぁ~!」
本当に余計なことをしてくれる。
千鶴さんは「そう?」と言いながら、自分の部屋へと戻っていった。
あたしはというと、うーんと背伸びをして、体を慣らして、その部屋の前に立つ。
「あたし、麻友。入るよ~」
一応、中にいるであろう人物に粗相のないように声をかける。
が、返事は大方の予想通りない。
ということで、まあ、ドアノブに手をかけて、ドアを開ける。
「うわぁっ!?」
あたしが声を上げたのも当然だ……。
だって、そこには、上半身に何も纏わず、肌をガッツリと露出させた少女が二人、床に倒れていた。
そろ~りと踏み込んで、二人の表情を覗いてみると、顔を真っ赤に火照らせて、人差し指を咥えたまま白目を剥いた状態で倒れ伏す美優ちゃん。そして、こちらも顔を真っ赤に染めつつ、恍惚な表情を浮かべつつ、口から涎を垂らしている千尋がいた。
どちらも小刻みに震えていて、共通点としては、下半身が異常なほど濡れているということ……。
あたしは頭を抱えて、はぁ~、と盛大にため息をついたのであった。
ところで…………、
あたしは美優ちゃんの近くにより、髪の毛をそっとかき分ける。
そこには綺麗な肌にぷっつりと二つの何かを刺したような傷が見受けられた。
「あの……バカ……」
そう呟くと、あたしはその髪を元通りにする。
とはいえ、さすがに見逃すこともできない。
あたしは恍惚な表情を浮かべるメス豚こと千尋の体を揺さぶり、起こす。
「ん……んあぁっ? あれ? 私ってもしかして……」
「ええ、あんたはさっきまで優一に何かいかがわしいことをして、逆襲に遭って気絶させられてたの」
「あ、そうか! 美優ちゃんにどっちのおっぱいが気持ちいいかマウントを持ち掛けられたから!」
「うあ。すっごいつまらないことで競い合ったのね……」
「つまらなくない! だって、美優ちゃん、超爆乳なんだけど!? あんなの量では勝てないじゃない? だから、私は質で競ったの!」
「で、勝負の結果は?」
「うーん。二人とも返り討ちにあって、引き分けってところかな……」
「あんたねぇ……。ここは優一の実家なんだからね……」
「あ、そうだった。あんまり変なことをしたら、婚約を取り消されちゃうよね?」
「いや、あんた、いつの間に婚約したことにしてるの? まだ、付き合ってますの報告しかしてないからね」
「うっ……。まあ、そうなんだけど………」
「ところで、変なことと言えば、あんた、取り返しのつかないことしちゃったんだけど……」
「え………?」
あたしは千尋にさっき見つけた傷口を見せる。
くっきりと何か鋭利な突起物で刺したような跡を………。
千尋の頬をツゥーッと一筋の汗が流れる。
「これ、あんたの歯跡よね?」
「…………記憶にないんだけど…………」
「でしょうね。きっと絶頂の瞬間に嚙んじゃったんでしょ?」
「ど、どうしよう……。同性同士だから、優くんのような眷属のそれとは異なる形になると思うんだけど……」
「だけど?」
「もしかすると、吸血鬼のような行動がどこかで始まっちゃうかもしれない……」
「いや、十分に迷惑なんだけど?」
「ど、どうしよう?」
「いや、時は戻せないんだから仕方ないでしょ……」
「こうなったら彼女を仮眷属として、何事もないように生活させるしかないわね……」
「でも、きっとどこかで血を飲むと思うよ?」
「まあ、それは理性で何とかしてもらおう……」
「いっそのこと………」
「ん? 何か妙案でもあるの?」
「いや、でも、それだと優くんとの愛の巣が………」
「あ、なんだか読めたかも……。あんたはそれはさすがに嫌でしょ? 美優を連れて、地元の高校に行かせるなんて………」
「さてと、あとは千鶴さんにどう説明するか、だな………」
まあ、一応、あたしたちのことは分かってるから、理解はしてくれるだろうけれど……、どうなるかなぁ……。
あたしはそっちの方が不安でならなかった。
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