第89話 おっぱいを正義とする少女。

 この美少女は確かにウチの妹だ……。たった二年見ない間に、お胸が爆発的に大きくなっていることを除けば……。


「優く~ん? あたしと一緒に帰ってくれるのぉ~?」


 すんごい彼ピムーブを放ってくるんだな……、妹よ。

 甘えるように上目遣いでボクの方を見てくるのはいいけど、そのたびにその爆乳でボクの腕をズリズリするのは止めてもらえませんか……!?

 あ、なんだか、この感触はちょっと気持ちいいかもぉ———っ!!

 て、こら! 理性よ、仕事しろ!

 ボクは飛んでいきかけた理性を無理やり引き戻す。

 いや、引き戻さざるを得なかったのだ。

 ビシィィィィィィィッ!!!

 空間がまるで水晶が砕け散ったような音とともに、冷気で覆われる。

 まるでそこは北極か南極の世界のような寒い冷気オーラが放たれる。

 ボクはぞくりとして、振り返ると、そこには街路樹を手掴みで、今にも破壊せんとする千尋さんの姿があったのだ。

 なんだか、若干俯いてて、どんな表情をしているのか分かりにくいなぁ………。

 て、見なくてもわかるよ! これ、本気で怒ってるでしょ!?


「こ、こら! 美優! やめろって! 兄妹で何をしてるんだよ!」


 ボクはポカリと軽く、美優の頭を小突く。


「あ痛っ! も、もう! 少しはお兄ちゃんも流れに合わせてよね~」


 いや、普通に流れに合わせたら、ボクの命だけじゃなくて、君たちの命までなくなるところだったんだけど……。


「え~~~~~? 美優の彼氏じゃないの?」

「あはははは! そうなの! これはあたしのお兄ちゃんだよ!」

「どうも。兄の優一です」

「まあ、美優だったらもう少しイケメンに手を出してそうだしな」

「えー? あたしのこと、ちょっと勘違いしているよ。あたしの中での一番は、これまでも、そしてこれからもお兄ちゃんなんだからね!」

「いやいや、彼ピムーブの次はブラコンかよ」


 美優の友達よ。その指摘は間違ってないよ!

 確かに、美優は昔からボクの傍でずっと育った。姉の年齢が離れていたことから、ボクと妹は自然と一緒に遊ぶことが多くなったからだ。

 そして、そのうち、幼馴染の麻友も含めた三人で遊ぶようになった。

 だから、ボクを今住んでいる場所に残して、家族が引越しする際に、妹は大泣きした。

 ボクと離れたくなかったからだ。

 それから二年という短いようで長い月日が経った。

 そして、現れたのが、この爆乳美少女となった妹なのだから、驚きを隠せない。


「ゆ、優くん?」


 千尋さんがこちらの方にやってくる。

 表情は普段通りに戻っているようだが、何だか、感情を抑え込んでいるような感じがしてならない。


「あ、ちぃちゃん!」

「ん? お兄ちゃん、この人誰?」


 妹は相変わらず腕を胸で挟んだまま、興味なさそうに訊いてくる。

 ボクは腕を爆乳から脱出させて、


「あ、私は錦田千尋と言います。今、優一さんとお付き合いをさせていただいています」

「え!? お兄ちゃん、女の子と付き合ってるの!?」

「え? あ、うん……」

「へぇ~、綺麗な方ですね」


 美優の友達はふむふむと顎に指を添えて、千尋さんを観察している。


「無駄のなくすらっと伸びる白い足。そして、まるで人形のように可愛らしい顔、そしてそれにさらにアクセントとなるロングの黒髪。こりゃ、理想的な美少女ってやつですね」


 何だか、凄く評価されてるね。

 千尋さんも、「え? あ、ありがとうございます」と少し引き気味だ。

 しかし、そんな千尋さんに対して、不満そうな顔をしているのが、妹の美優だ。


「美鈴ちゃん、騙されちゃダメだよ。この人、何だか裏がありそうな気がするもん。………千尋さんは、お兄ちゃんの彼女なんですね?」

「え? あ、はい。まだ付き合い始めて3か月ほどですけど」

「じゃあ、あたしのほうがお兄ちゃんのことよく知ってるよね?」


 何だ、そのマウントは……。

 兄妹なんだから、当然と言えば、当然ではないだろうか。

 そもそも兄妹だからと言って、すべてを知り尽くしているというのにも、無理があるような気がしないではないが。


「それにあたしのほうがおっぱい大きいよね」

「あ、あのぉ……それが優くんとどういう関係があるんですか?」

「あら? もしかして、千尋さんにはお兄ちゃん見向きもしないんですか?」

「え? え? ちょっと言ってることが分からないんだけど……」

「お兄ちゃんって部類のおっぱい星人じゃないですか」


 ぐぼぁ…………。

 妹は何てことを言い出すんだ。

 それに、ここは中学校の校門だぞ?

 ほれ見ろ、お前の友達の美鈴ちゃんが、ボクの方を見てドン引きしてるんだけど……。


「そ、そこは……否定しません!」

「いや、空気読んでよ、ちぃちゃん!?」

「で、ですが……、おっぱいが好きなのは否定できない事実ではありませんか……」

「そうですけれども、さすがにここは中学校の校門前なので……」

「えっ!? ま、まだお尻のほうは………」

「そっちじゃありません! とにかく、学校前でそういういかがわしい発言はどうかと思いますよ」

「いやぁ、美優ちゃんのお兄さんはお盛んですねぇ~。その黒髪美少女な彼女さんとは経験済みなんっすね!」

「「え………?」」


 ボクと千尋さんは、美鈴ちゃんのほうに視線を送る。

 ボクらは一言エッチをしているって発言はしていないじゃないか……。


「いや、だって、おっぱい好きであることは否定できないってことは、すでにお兄ちゃんは彼女さんのおっぱいで楽しんだって言ってるようなもんじゃないっすか」

「ほほう……。お兄ちゃん?」

「は、はひっ!?」

「これは楽しいイベントが始まりそうね?」


 いや、ボクにとっては絶対に楽しくないイベントなんだけど!?

 ボクの直感がそうボクに告げている!

 このイベントはですフラグが立つぞって————!


「千尋さん? どっちのおっぱいがお兄ちゃんを気持ちよくさせるか、勝負しましょう?」

「い、いいわよ! 優一さん! 今日は私の最強のテクが炸裂しますよ!」


 てか、こんな場所で大声でそんなこと言いあったら、ボクの人生が炸裂してしまいそうなんだけど……。

 ボクが不安そうな顔で両者を見ていると、その横からひょこっと現れた美鈴ちゃんが、


「凄いっすね。これが修羅場ってやつっすか!?」


 いや、ボクはそもそもこんな展開を望んだわけじゃないんだけどね……。

 ボクは彼女の方をチラリと視線を合わせると、がっくりと項垂れるのであった。

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