第87話 実は恋愛レベル幼稚園児だったらしい。
ボクが帰宅すると、何だか出ていくより仲が良くなっている母さんと千尋さんがそこにはいた。
ただ、真っ昼間にボクの性癖について話し合うのはよしてほしい。
それをメモを取りながら聞いている母さんもどうかと思うけれど……。
とはいえ、まあ、仲良くなってくれることはとてもいいことだから、敢えてここは話題については触れないでおこう。
スーパーで買ってきた弁当を昼食として平らげると、食後のコーヒーを彼女は淹れてくれた。
いつもとは勝手が違うサイフォン式のもの(今、家で使っているのは、豆をセットすると挽いて抽出するまで自動でしてくれるタイプだ)ではあったけれど、使い方を知っているかのように上手く淹れてくれた。
実家の豆は多少の酸味を感じるものではあったけれど、千尋さんが淹れてくれると、何だかそれもそこまで気にせずに飲むことができた。
「ところで姉さんは?」
ボクがコーヒーカップをテーブルに置いて、母さんに問いかけると、
「あの子は今、すごく忙しい案件が舞い込んでるようで、今日、帰ってこれるか分からないわね」
「そうなんだ。じゃあ、妹は?」
「あの子なら、今日も夕方ごろには帰ってくると思うわよ。優一に会えることがすっごく楽しみだったみたいで、昨日もはしゃいでいたわ」
「へぇー、そんなに?」
「優くんの妹ってどんな人なんですか?」
千尋さんが興味を持ったのか、訊いてくる。
確かにこれまで姉の話はしてきたけれど、妹については話をしてこなかったからな……。
「妹の美優は今、15歳で中学3年なんだ。近所の鶯ヶ丘中学に通ってるんだ。……と言っても、実はボクも2年間、会ってないから、今、どんな様子なのか、実はあまりよく知っていないんだよね」
「まあ! このご時世にLINEとかのやり取りとかなかったんですか?」
「うーん。まあ、ボクが高校入試を決めたタイミング……ちょうと中3のころに家族が引っ越ししちゃってね。その時に美優はボクと離れるのが嫌で大泣きして、不貞腐れちゃったんだよね。だから、LINEも交換できなかったって感じだよ」
「そうだったんですね。それにしても、優くんの妹さんと仲良くできるかしら……」
「あー、まあ、気難しいかもしれないけれど、できると思うよ」
ボクが頬を掻きながらそういうと、彼女は、
「気難しい方なんですね? 大丈夫かしら……」
「あー、そんな心配ないって、あたしは結構美優とは気さくに絡めてるからさ」
「え?! そうなんですか!」
「うんうん! だって、普通にLINEもやってるもん」
さすが麻友の行動力……。
侮れないくらい積極的だな。これが陽キャというものなのか!?
「あ、優一? なんか、今、あたしのこと陽キャやべぇーとか思ったでしょ?」
「何でわかるの?」
「てか、やっぱり思ってたんだ……。別にあたしだってそういうつもりで生活してるわけじゃないけど、人生楽しくなきゃつまんないじゃない。だから、友だちはたくさん作っておきたいなって」
「ボクからは発想しない考え方だね」
「いや、ガチで陰キャ貫くんかい! まあ、でも、こうやってあたしや千尋と関係を持つようになったんだから、少しは知り合いも増えてくるでしょ」
「ふぅ。まったく、暗い話をしてるわね。優一? たくさんの人とのつながりを持つことは大切なことなのよ。支えになってくれる人って大切でしょ?」
「え………?」
そういわれて、思わずボクは千尋さんの方を見てしまう。
視線が合って、彼女もピクンッと震える。
彼女はそのまま少し頬を赤らめて、微笑む。やっぱり可愛い。
「………そうだね。ボクにとってはこうやってちぃちゃんや麻友と関係を持つのは良いことかもしれないね」
「そうだよ。でも、優一はハーレムでも作る気なの? こんな可愛い女の子、二人と特別な関係を持っちゃって」
「か、母さん! 言い方が! それじゃあ、まるでボクらがエッチな関係みたいじゃない!」
「いや、あたしは普通にエッチだと思うよ。今の関係は……」
「わ、私もその点に関しては、否定できないというか……」
「ちぃちゃん!? 麻友!?」
ボクは一気に味方を失った気持ちになる。
母さんはこめかみを指で押さえて、
「まあ、そりゃ優一だけの問題じゃないけどね……。こんな素敵なスタイルの美少女二人に囲まれたら、出すもの出しちゃうわよね」
「いや、だから、何の話?」
「やだなぁ……親に全部言わせる気?」
「あ、別に結構です」
母さんのニヤニヤした変態じみた微笑みを受けて、ボクは心底げんなりとしてしまう。
「そうだ。楽しみにしてるんだから、美優を迎えに行ってあげてよ」
えー。また何だか悪だくみしてそうな顔してるよ? この人。
ボクはちょっと嫌そうな顔を母さんにする。
しかし、母さんも一枚上手だ。
「実は、近所の洋菓子さんにみんなで食べるケーキとかを頼んであるの。このレシートと名前を言えば出してもらえると思うから、受け取ってから中学校に迎えに行って来てよ」
あれれ? 今日ってボクらがお客じゃないの?
とはいっても、母さんを怒らせるのは何の得もない。泊めてもらうことも含めるとデメリットしかない。
ボクは素直にうなずくことにする。
「ええっ!? この近くに洋菓子屋さんがあるんですか?」
「そうよ。最近はテレビでも取り扱われちゃって、人気店にのし上がっちゃったんだけどね」
「あ、もしかして、ボン・フル・エール?」
「あら? さすが麻友ちゃん! 知ってるのね!」
「知ってますよ! お父さんが以前買って来てくれて、あのスポンジと生クリームは絶品ですよ! シフォンも最高でした!」
「あら、シフォンに手を出してるなんて、通ね!」
「優一! ここのお店、本当に美味しいんだから、よろしく頼むわよ!」
あらら、麻友まで母さんの味方に付いてしまった。
どうやらボクは大人しく買い出し係に徹した方がいいらしい。
「あの……優くん? 私も一緒に行っていいかな?」
「も、もちろんだよ!」
千尋さんがおずおずと言ってくる。
「実は、私も甘いものが好きでね? お店のことは聞いてたんだけど、興味だけが膨らんじゃって!」
「分かった。じゃあ、行こっか」
ボクは母さんからレシートを奪い取ると、彼女の手を引き、そのまま出かけることにする。
取り残されることになった母さんと麻友の二人は—————。
「あらぁ~、何だか、上手くデートの口実を作っちゃったみたいね」
「まあ、そうやってお膳立てしてあげなきゃ、あのカップルとはエッチまでしてますけれど、まだまだ、恋愛レベルは幼稚園ですからね」
「あら、そうなんだ。じゃあ、洋菓子屋さんなんて敷居が高いかしら」
「大丈夫じゃないですかね? 普段からスーパーに買い出ししに行ってる二人ですから」
「ちょっとレベルが違うと思うんだけどなぁ……」
そんな好き勝手なことを言っているのであった。
全く、誰が恋愛レベルが幼稚園児だよ!
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