第86話 少女は少年との関係を知った。
優一さんが麻友と一緒に昼食を買い出しに行ったあと、私は優一さんのお母様である千鶴さんに対して、警戒心を持ちつつ、視線を送り続けた。
その視線にややして気づいた千鶴さんは、
「どうしての? あ、やっぱり警戒してるよね? まあ、そりゃそうか。あんなことされた後だものね」
「……ええ、まあ、そうで———」
「———それとも、千尋ちゃんが吸血鬼さんだからかしら?」
ビクッ!?
私は千鶴さんの視線に射抜かれたような違和感を覚える。
私は無言で平静を装ったまま、千鶴さんを見つめる。
「あら? そんなに睨まなくていいのよ? ちなみに麻友ちゃんが淫夢魔だってことも分かってるから……」
「そうなんですね? で、どうするおつもりですか?」
「どうするって?」
「私を優くんから排除するのか、それとも……」
「もう、そんな物騒なことするわけないじゃない」
「はぁ?」
「私はそういう変わった種族が普通に世の中にいても、おかしいだなんて一つも思ってないないのよ」
「は、はぁ………」
「あー、どうすればいいのかしらね……。上手く説明できないんだけれど、私はすでに昔から千尋ちゃんのことは知っていたのよ? だって、錦田さんのおうちってすごく変わってるじゃない?」
「もっと説明が分からなくなってしまうんですが……」
「あー、そうね。まあ、あなたや麻友ちゃんのご両親がどういった方なのか、私は知っているということなの……」
「そ、そうなんですか」
「ええ。今の私たちの家族がこうやって楽しく生活していられるのは、あなたがたのご家族があったからなんですもの」
お父様とお母様が何かをしたということなのだろうか。
そんな見ず知らずな家族に救いの手を差し伸べるような、良い人ではないはずなんだが……。
「私たち、夫婦はね、一度死んでしまっていたといっても過言じゃないの」
「え………?」
私は呆けてしまう。そりゃそうだ。目の前にいる千鶴さんが一度は死んでしまっていたはずの身?
そのようには見えないくらい元気そうなのだが。
「どうやら、まだ信じられないようね。でも、これは本当なのよ。私たち夫婦は、新婚旅行の時に起きた飛行機事故の唯一の生存者なんですもの」
「ええっ!? 飛行機事故? でも、どうしてウチの両親がそれに関わっているんですか?」
「あんまり詳しい話は聞かなかったけど、事故が起こった日に飛行機が海面に向かって滑空していくときに脳内に声が響いたのよね。『運命の歯車は今、回り始めた。止まるときではない』って」
「それで?」
「それが聞こえたけれど、私たちはそんなこと気にしている場合じゃなかった。機内は断末魔や叫び声、この世のものとは思えない泣き声……、耳に飛び込んでくるすべてのものが現実を否定したくなるようなものだったわ。でも、そこで私たち夫婦の意識は途絶えちゃったの」
「は、はい……」
「で、気づいた時には、病院に担ぎ込まれていて、飛行機事故の唯一の生存者ということになっていたわ……」
「入院されていたんですか」
「そうよ。夫婦相部屋だったの。何だか嬉しかったわ♡」
いや、千鶴さんって脳内お花畑なのかしら……。
普通は誰も喜ばないでしょ。
「そのあと、命を繋ぎとめるための特殊な手術をすることになってね。日本の病院に転院となったわけ。そこで出会ったのが、あなたのお父様だったの」
「え? いや、ウチの父は医者ではないのですが……」
「そうね。それもちゃんと終わった後に説明させられたわ。私たちはあなたたちの運命を握る血を持つものなんだって……。最初は何を言っているのか分からなかったけど、こうやっていざ、目の前に千尋ちゃんや麻友ちゃんが優一の前に現れたってことは、あの時すでに因果関係が構築されていたということなんでしょうね」
そうか。そういうことだったの……。
私が優一さんと出会えたのは、運命なんかじゃなくて、ある意味では必然だったってこと……。
「ま、でも、よかったわ……。あなたみたいな心優しい女の子に優一が見守ってもらえるということが……」
「あ、そんな……。私はそんなことを気づかずに彼の匂いにひかれただけなので……」
「匂いねぇ……。そうか。それがあの子に麻友ちゃんがずっと付きっきりだったのもわかるかも」
「あはは……麻友も惹かれたタイプですね」
「まあ、おかげで変な虫はつかなかったけどね」
「最後は私という虫がついちゃいましたけどね」
「何言ってるの。さっきも同じようなことを言ったけれど、千尋ちゃんや麻友ちゃんが優一を守ってくれるというだけで安心感につながるのよ」
「分かりました。優一さんのことは私自身が一生を懸けて守り抜きます」
「何だか、すごく話が重いわね」
「人の命なのです。話が重くなって当然です」
私が笑顔でそう返すと、千鶴さんもふふっと微笑み、
「ふふっ。そうかもね。これからもあの子のことをよろしくお願いいたします」
「私こそ、色々と今後もお母様にご指導いただくこともあるかと思います。よろしくお願い致します」
「あら、吸血鬼に訊かれることって何かしら……」
千鶴さんはわざとらしくニコリと微笑む。
私もククッと含み笑いをする。
「ちなみに、優一とはどんな関係まで進んでるのかしら?」
「と、言いますと?」
「そんなの決まってるじゃない。麻友ちゃんとは確か、吸う・吸われる関係って聞いていたけど?」
やはりそっちの話か……。
ここでは隠しても無駄かもしれない。そのうち、ウチの両親にも探りを入れるのだろうから……。
「すでに眷属の関係になっています」
「まあ!」
千鶴さんの顔が、パァッと明るくなる。
はて? 眷属になるメリットなどそれほどあっただろうか……。
体が強くなるということで良いこと? 病気になりにくいとか……かな?
「じゃあ、すでにエッチは済ませてるってことね!」
「そっちの話ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
いけない……。思わず、素の自分が出てしまったじゃないか……。
慌てて私は取り繕う。私は清楚可憐な錦田千尋なんだから……。
一つ、深呼吸をすることで気持ちが落ち着く。
ちらりと千鶴さんに目を向けると、ニヤニヤが止まりそうにない。
「眷属って確かそうなんじゃないの?」
「別にエッチなことをするだけが眷属を作る方法じゃないので……」
「そうなんだ……」
そうなのだ。
事実、眷属の作り方は他にも色々とある。優一さんのように意思を持たない眷属を作るには、全身の血を吸血鬼が飲み干し、その代わりに吸血鬼の体内で生成された血液を流し込むという方法もある。
こちらは従順なのだが、如何せん意思が存在しないので、私のように優一さんと眷属後も一緒に過ごしたいということになれば、不向きなのである。
「まあ、でも、優一もきちんとエッチができていていいわね」
「ちょ、ちょっと待ってください? 私は————」
「ああ、大丈夫よ、嘘をつかなくても、さっきのマッサージで分かってるから」
「………あ、はい」
もしかして、この人って本当は人間じゃなかったりしない?
どうして、こんなにも私たちのことを知りすぎてるんだろう。
そりゃ、お父様たちに救われたのだから、それなりの力を備えているとはいえ……。
何だか、本当に怖いんだけど…………。
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