第85話 母親とは何かを企む生き物らしい。

 ボクは今、彼女をなだめている。

 数分前に、千尋さんはボクの母さんから凌辱はずかしめを受けて、ようやく解放された。

 そして、そのあと、リビングで麻友が淹れてくれた紅茶を飲んでいると、無言で袖を掴まれたのである。

 そのまま、二人になれるところをご所望と考えて、空き部屋に入った。と、同時に抱き着かれたのである。

 相変わらず俯いたままで、表情は分からない。


「ごめんね。助けてあげられなくて……」

「……そうだよぉ……」


 声は明らかに泣きべそ状態だ。

 でも、スイッチが入った時の母さんほど手の付けられないものはない……。


「でも、麻友も経験したらしいんだけど、命に別状はないって……」

「命にはないけれど、これは吸血鬼として威厳の問題が発生するよ……」

「ええ……!?」

「だって、あなたのお母さんって、施術師か何かなの?」

「いや、普通に漫画家だけど?」

「でしょ? じゃあ、何で、あんなにすべての性感帯を的確に押せるの? 次にどんな快楽がやってくるのかって考えると、怖かったわよ……」


 快楽が怖い? それはなかなか凄い日本語だなぁ……。

 

「だって、気分が高揚したり、……その、子宮がアレを欲しがって、下りてきちゃったりって……。何だかすごく自分の体がおかしくなっちゃったんだから!」


 千尋はプリプリとお怒りのようだ。

 何だか、そんな少し弱いところを見ると、彼女がさらに可愛らしく感じてしまう。


「絶対に、今、ヤっちゃったら、できちゃうよ、赤ちゃん!」

「そ、そこまで!?」

「間違いないと思う。あ、そうだ! 私たちが本当に赤ちゃんを授かりたいと思ったら、前日に千鶴さんに施術をしてもらうことにするわ! きっと一発で元気な子どもを授かれそうなんですもの!」


 いや、まあ、元気かどうかは育て方次第な気もしなくはないが……。

 とにかく、彼女の表情からはそれが冗談のようには思えなかった。


「あ、でも、ひとつ気づけたことがあるよ」

「ん? なに?」

「エッチの時って優くんはすっごく私のことを大切にしてくれるんだって————」


 そういうと、千尋さんはボクの頬に軽くキスをして、部屋を飛び出していった。

 リビングの方から、麻友に対して、突っかかる彼女の声を受けながら、ボクは少し呆けていた。


「なんか、メッチャ恥ずかしいんだけど……」


 ボクはさっき彼女にキスされたところを、指でポリポリと掻いた。

 あー、何だか熱っぽいなぁ………。




 ボクがリビングに戻ると、すでに麻友は自分の家のようにくつろいでいた。

 いや、ここ、ボクの実家だよね?

 千尋さんは、ダイニングテーブルのある方で麻友に入れてもらった紅茶を飲んでいた。

 こうやって見ると、落ち着いた彼女はやっぱり清楚で可愛らしい。

 と、いうよりももしかすると目の前の人に対して怒りをかみ殺しているといったところかな……?

 

「あははは………。ごめんね。千尋ちゃん」

「……いや、普通に簡単に『はい、わかりました』と頷ける話ではないんですけど……」

「うーん。まあ、そうだよね。その辺は私もよく分かってるんだけどね……」

「普通に分かっていて、されてるのであれば、それはもう犯罪だと思うんですけど」

「ううっ!? そこまで言っちゃうかな……」

「だって、あれ、尋常じゃなかったですよ? もしも、今日、優くんとエッチして、出来ちゃったらどうするんですか?」

「ええっ!? 二人の関係ってそこまで行ってるの!?」


 あ、これはマズイ………。

 どうも、千尋さんは冷静な時は大丈夫なのだが、興奮状態に陥ると言わなくていいことまで口走ってしまう癖があるようだ。

 今も自分の発言に対して、しまった! と気づいた表情をしている。


「せ、先日、りょ、旅行したときだけです!」


 耳まで真っ赤に染めつつ、視線を逸らしながら、そう告白する千尋さん。

 あー、ちなみにダウトですけどね。

 本番まで行かなくても、週1ペースでエッチなことはしている。ちなみにキスは毎日だ。


「ほうほう。ちなみに優一はどんな感じで攻めてくるの?」

「そ、そんなこと言うわけないじゃないですか!」

「お母さんもそのくらいにしておいてよね。どうしてこの家の人は誰もかれもエッチなことばかり考えるんだよ」


 ボクがそういった後で気づいた。

 ボクの横で、どこの口がそんなこと言ってるんでしょうねぇ……? という冷たい視線をボクに送り続ける彼女がいたことを……。

 ごめんなさい。ボクも物凄くエッチが好きです!


「とにかく、今日、ボクらがここに来たのは、里帰りっていうのもあるけれど、ボクの彼女を紹介するためなんだからね」

「そうね。そういうことだったわね」


 いや、当初からその目的で来たんだけど!?

 すでに電話で伝えたことを忘れているのではないかと、不安になってしまいそうになる。


「まあ、恋愛はあなたたち同士の問題なんだから、別にいいんじゃない?」

「本当ですか! お母様!」


 千尋さんがほっとして喜ぶ。

 が、母さんは違う反応だった。


「ぐふっ! 何だか、今のいいわね……。麻友ちゃんからもお母様なんて呼ばれたことなかったから、何だか新鮮かも……。これが嫁姑問題……」

「あー、絶対にそれ違うと思うから……」


 ボクは冷たくツッコミを入れておく。

 真面目に考えるだけバカバカしいんだよねぇ……。


「あ、そうそう。お昼ごはんの用意がまだできてなかったのよ。優一? 麻友ちゃんと一緒に4人分のお弁当買ってきてくれない?」

「え? 実家に里帰りしたのに、おもてなしされないの!?」

「夜ご飯は楽しみにしておいてよね。とにかく、昼ごはんはお願いね」


 ボクは嫌々ながらもお金を受け取る。

 てか、千尋さんとじゃなくて、麻友と買い物なんだ……。

 ボクは二人きりにしていいのだろうか、と案じながらも、リビングでもはやソファと同化している麻友を引き連れて、買い物へと出ることにした。

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