第84話 お母さんは変わり者。いや、知ってたけど……。

「ね、ねえ、ここって優くんの実家でいいんだよね?」

「………う、うん………」


 千尋さんの問いかけにボクは一瞬、自信を失いかけたが、そこを踏みとどまって頷く。

 麻友はというと、ケラケラと笑いながら、


「あははは……お母さん、さらにギャグセンスが高くなってるじゃない!」


 と、笑いの虫が収まらないらしい。

 えっと、ボクはどういう反応をすればいいのだろうか……。

 ボクは目の前にある白壁の美しい一軒家を目の前にして、言葉を失ってしまう。

 家には大きな横断幕で、


『新郎・優一&新婦・千尋 様、来訪歓迎いたします!』


 と、書かれていたのである。

 そりゃ、周囲を通る通行人もそれをチラチラと見ながら、


「息子さん、結婚するの?」

「もう、おめでたですって」

「さすが、若いのにお盛んだねぇ~」

「お母様も大喜びでしょうね」


 と、好き勝手なことを言われていたりする。

 そのたびに、千尋さんがボクの横で、顔を真っ赤にして、下を俯くものだから、ボクとしては親のしでかしたことに大変申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 麻友はというと、もう人目を憚る気すら失せたのだろう。腹を抱えて、笑い始めたのだ。


「あ、あの……結婚は嬉しいのですが………。おめでたではないと思うのです……」

「う、うん、そうだよね……」

「いやいや、あながち間違いじゃないかもしれないよ? 毎週のようにあんなに激しいエッチをし続けていたら、そのうち、真実になっちゃうんじゃないの?」

「ま、麻友!? どうして、あなたが私たちの性事情を知っているのよ!」

「あ、しまったぁ……。あたしってば、こういうことをサラッと言っちゃうから怒られなうのよねぇ……」

「ちょ、ちょっと!? 本当にどうして私たちのエッチのことを知ってるの? どこまで? どれくらい深く知ってるの?」


 いや、そんなに振り回したら、逆に麻友の記憶が飛んでしまうと思うのだけど……。

 麻友は「にゃはははは……」と苦笑いしながら、


「千尋のお母さんにもらったんだよねぇ……」

「な、何を!?」

「あぁ、二人の仲睦まじくシてるときには、行かないようにあんたたちを監視するためのアーティファクト……」

「うわ。すっごい能力の無駄遣い……」

「あー、それは言わないで上げてほしい。本人はドヤ顔だったから」

「ったく、あの変態め……。でも、私たちの仲睦まじい様子を知っているということ?」

「うん! つい最近の夜は確か4ラウンドだっけ?」

「ひっ!? それ以上言わなくていいから!」

「何の話しているの?」


 ボクには何のことやら分からない。

 とにかく、家の中に入らないと何も始まらないし、周囲の視線が気になるので、


「とにかく入ろっか……」

「あ、はい。分かりました……」

「うん! そうしよう、そうしよう!」


 緊張している彼女に対して、まるで我が家のようにリラックスしたまま、玄関をくぐる麻友。

 明らかに二人に温度差があるなぁ……。

 玄関のドアを開くと同時に、


「おっかえり~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」

「ひぃぃぃっ!?!?!?」

「相変わらず、おばさん、テンション高っ!!!」

「ただいま………」


 痛快元気なおばさんことボクのお母さんの河崎千鶴が、突然現れた時の反応が今のものである。

 明らかに千尋さんは引いている。ドン引きだ。

 麻友はアトラクション施設の何かと勘違いしている。楽しんでいやがる。

 そして、半ばあきらめ気味のボク。


「あら? 麻友ちゃんもいらっしゃい!」

「あはは! いつ見てもお綺麗ですよねぇ~」

「あら? いきなりお世辞? 何も出てこないわよ?」

「いやいや、普通にサキュバスもビックリなくらい肌艶も綺麗だから正直に言ったまでですよ」


 そうなのだ……。事実、お母さんは46歳とは思えないくらい、肌艶が良く、スタイルも抜群だったりする。

 この人こそ、サキュバスなのではないかとすら、感じてしまうくらいだ……。

 そんな変わり者のお母さんは、千尋さんを見つけるなり、


「あなたが、優一の彼女ね?」

「あ、はい。錦田千尋と申します!」

「うーん。ウチの子には勿体ないくらいな清楚な子ね……」

「あはは……、お母様、そんな勿体ないお言葉を……」

「どこまで淫れちゃうのかしら……」

「…………………へ?」


 千尋さんが理解するよりも前に、お母さんの手が伸びて、彼女の腕をひっつかむ。

 そのまま、サクッと靴を脱がされて、玄関にほど近い部屋に連れ込まれてしまう。


「え? 何なに?」


 何が起こったのか理解できないボクに対して、麻友は冷静に、


「あー、いつものことだから、気にしないで……」

「いや、気にしないでって……。そんなの無理に決まってるだろ!?」


 ボクが慌てて、靴を脱ぎ捨てると、そのまま客間の前でドアをノックする。

 中からカギをかけられていて、入ることすらできない。


『ちょ、ちょっと!? 待ってください! お母様!?』

『大丈夫! ちょっと作品のためのご協力を!』

『ふえっ!? どうして、私、服を脱がされてるんですか!?』

『観察するためよ!』

『いや、だ、ダメ! あぁん♡』

『へぇ……。ここ、そんな敏感なんだぁ~』

『いい加減にしてくだ……ひゃいっ!?』

『ここはこういう反応をするのね……。じゃあ、同時攻めは?』

『あぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ♡』


 な、中では何が起こっているのだろうか……。

 ボクは怖いもの見たさというよりも、明らかにエッチなことをされてしまっているであろう彼女の身を案じる。

 そんなボクの肩をポンッと叩き、


「心配しなくても大丈夫だよ。ちょ~~~~っとマンガの表現方法のために実験されてるだけだから……。ま、私もインキュバスやサキュバスじゃない相手にあれほどまで攻めたてられたのは、今まで千鶴さんくらいなものだよ……」

「いやいやいや、普通に貞操の危機じゃないの?」

「同性同士だから、無問題だよ。気にするだけ負け。さ、先にリビングに行って、お茶でもしておこう。きっと美味しい紅茶の茶葉があるはずだから……。あたしが格別に美味しいお茶を淹れてあげよう」

「………麻友? ここ、ボクの実家だよね?」

「うん! そうだよ。でも、あたしにとっても実家みたいなものだよ」


 ケラケラと笑いながら、ボクは麻友に手を引っ張られるようにリビングに移動させられた。

 客間からは、時々「おほっ♡」「だめっ♡」「ひぐぅっ♡」と呻くような彼女の声が聞こえるのだが、麻友が大丈夫というのだし、それに部屋に入れなくては救いようがないので、麻友に従うことにした。

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