第83話 善は急げと言うけどさ………。

「ふぅ…………」


 ボクはスマホをタップして、深いため息をついた。

 電話が終わったのである。相手はボクの母親。


「ど、どうでした?」


 千尋さんが恐る恐る訊いてくる。

 ボクは少しはにかんで、


「やっぱりボクみたいな男に彼女ができたのが驚きだったようだね。何度も『麻友ちゃんじゃないのよね?』みたいな返しをされました」

「ホラね! 優一のお母様の中でのあたしの信頼度の高さはやばいのよ! 何だったら、今から結婚します! って言っても信じてもらえるくらいにね」

「うう……。絶対にそれはさせないわ。もし、冗談じゃなかったら、こちらも最終手段を講じるわよ」


 いや、麻友を睨みつけながら、両手に魔弾を準備するんじゃありません。

 怖すぎるわ! マンションの一室くらい、軽く吹き飛ぶでしょうが……。


「でもさ、千尋も分かってはいるんでしょ? さすがに信頼を勝ち取らないといけないって、ことは」

「それはもちろん分かっているわよ……」

「まあまあ、そんなに焦らなくてもいいですよ。どのみち、実家に行くことになりそうですからね」

「はいはいは~~~~~~い! あたしも行く!」

「ええっ!?」


 千尋さんは物凄く嫌そうな顔をする。

 そりゃそうだろう。自分が彼氏の両親に紹介してもらうのに、どうして恋人関係ではない麻友がついてくるというのか。


「あんた……何企んでるのよ? もしかして、茶々入れて、私がポンコツであるかのように見せるんじゃないでしょうね?」

「大丈夫だよ。そんなことしないって。そんなことしなくても、十分に千尋はポンコツだから」

「ねえ、ここから一番近い大阪湾に沈んでみたい?」

「ちょっと!? あんた、何考えてるの!? 人殺しよ?」

「その程度じゃ死なないでしょうが……」

「いや、普通にさすがに死ぬわよ……。まったく、どうして、こうも彼氏のことになると心の余裕がなくなっちゃうのかなぁ……。あたしはね、久々におばさんと話がしたいだけよ。別に何か邪な考えがあるわけじゃないわ」

「あ、そう……。とことん怪しいのよ、あなたは」

「あ、ひどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぃい! こう見えて、あたしはしっかり者なんだよ!」


 うん。それは事実だ。

 麻友はこれまでもそうだったが、勉学やスポーツといった様々なことに非凡な才能を見せてきた。

 ただ、ちょっと悪戯好きなところがあるのが、問題なだけだ。


「それに、行くには交通費とかもかかるでしょ? 何なら、あたしが出してあげてもいいわよ」

「え!? ホント!?」


 ボクが思わず反応してしまう。

 実のところ、やはり二人暮らしになってから、何かと入り用でもらっている生活費だけでやっていくのが難しくなっていたのだ。

 ここで、実家に帰省するとなると、わざわざ神奈川まで行くのは何かと費用が掛かる。


「優一は賛成みたいだけど、あんたはどうするの?」

「うぅ……。実は、最近、私も色々と家で必要なものを購入していて、資金が乏しいのよね……。気が進まないけど、麻友の案に乗ることにするわ」

「オッケー! じゃあ、早速行くわよね?」

「えっ!? もう、行くのか!?」

「だって、全は急げっていうじゃない?」

「いや、言うけど、本当にあんたって行動力はズバ抜けてるわね……」

「じゃあ、早速、新幹線で行っちゃう?」

「ちょ、ちょっと待ってよ……」

「え? 何か問題でも?」

「一応、泊まらないといけないかもしれないでしょ……。だから、服とかの準備だけはさせてよね」

「あ、うん。そのくらいの時間は全然OKだよ!」


 麻友は親指と人差し指で輪っかを作って笑顔で、了承した。

 ボクと千尋さんは急ぎ早に荷物を小さめのキャリーバッグに詰め込んだ。




 ボクの両親、そして姉と妹の4人は今、神奈川県の横浜市郊外に住んでいる。

 親の仕事の関係で本当は東京に住みたかったらしいのだが、固定費が高いということで、県境をまたいだ瞬間に、割安感の感じる神奈川県に住まいを決定したらしい。

 父と姉は地元の相鉄電車に乗り、横浜駅でJR京浜東北線に乗り換えて、東京に出勤している。妹は家から程違い共学の私立の中高一貫校に通学している中学3年生だ。母はそこそこ名の知れた漫画家だったりする。

 彼女にはこのくらいの情報は話したことがあるが、それ以上のことは話す必要もないと思って、何も伝えていなかった。


「それにしても優一のお母さん、また連載物を始めたわね」

「すごいですね! 優くんのお母さんってすごく有名な漫画家さんなんですものね?」

「え、うん、まあそうなんだけど……。ちょっと画風がエッチというか……」

「女性なのに、そういう話を描かれるのは凄いですよね。読者さんもたくさんいるようですし……」


 千尋さんがボクの右横で感心している。

 麻友は左横から、スマホを見せてくる。


「それに、お母さん、最近Vtuber始めたみたいよ?」

「ええっ!? それはさすがに聞いてなかった……」

「優一のお母さんって、声が物凄く若いのよね」

「それ、本人の前で言っちゃだめだよ。本人はリアルも若いって、常に磨いているから」

「あ、そうよね。あの執念は恐ろしいから、本人には言葉のかけ方を気を付けるわ」


 とはいえ、スマホで流されているお母さん……というかVtuberは確かにお母さんの描くキャラクターだ。

 そのキャラクターがぬるぬると動いているのである。


「もしかして、もう3Dにしてたりする?」

「うん。デビューからいきなりこれだよ? 凄いよね。普通は2Dから始めるのが普通なのにね」

「力の入れ具合が半端ない……」


 千尋さんまで関心というよりも驚きをもって受け入れている感じだ。


「最近は、動画内でマンガやイラストを描いてアップしたりすることもやったりしてるみたい」

「まあ、お母さんはゾーンに入った時の早描きは編集部もビックリするくらいだからね」

「そういえば、優くんのお母さんのイラストってどこかで見たことがあるんですよねぇ……」

「「………………………」」


 そこでボクと麻友は沈黙してしまう。

 千尋さんは確かに見たことがある。お母さんのイラストを……。

 ただ、それはあまり見てほしくない場所でなんだけど……。


「あ、これって、あのエッチなゲームのキャラクター?」

「そうよ。千尋……。実は、お母さんは娘のエロゲー会社のイラストも担当しているの」

「わぁ……、何だか一家ぐるみでエッチですね」


 お父さんは普通の人です……。

 妹は結構会ってないから、どんな感じで成長しているか分からないけれど……。


「とはいえ、お母さんの新作マンガってそんなに人気になっているんですか?」

「ええ、でも、あんたは読まない方がいいかもね」

「えっ……。もしかして、エッチに極振り?」

「ま、まあ……それも少しあるんだけど…………」


 麻友の歯切れが悪くなる。

 まあ、そりゃそうだよなぁ…………。


「今回のマンガのコンセプトは、エロゲーで発売された作品のコミカライズされたものなんだもの……。あ、一応、R15くらいでとどめてあるから、普通のコミック雑誌に載ってるけどね」

「今回のゲーム作品って……………、まさか!?」

「そうよ。吸血鬼と男の子のイチャラブハーレムなマンガなのよ! つまり、主人公はあなたたち二人をインスパイアしたような作品!」


 ああ、言ってしまった………。

 ボクは敢えて触れなかった理由はそこなんだ。それにしても、どうして、ボクと千尋さんのイチャラブが影響を受けたような作品になってしまったのだろう………。


「優くん? 情報、流してます?」

「そ、そんなわけないよ! ボクはお母さんに言ったのは、さっきが初めてなんだから!」

「てことは…………犯人はあんたね?」

「付き合ってることは言ってないよ? あたしは、作品の元ネタをちょっと提供しただけなんだから」

「それが問題なのよ! 言われてみれば、何だか、あの吸血鬼のキャラクター、私に雰囲気似てると思ったのよ。設定もよ? 清楚可憐な黒髪ロングストレートな吸血鬼に、陰キャボーイの股間が攻略していくって、どう考えても私たちの話じゃない……?」

「まあ、君たちがよくあるラブコメを演じているってだけだって」

「人の恋沙汰をラブコメのテンプレ扱いするのは止めてよね!」

「とにかく、変わった家族だから、会ってみたら色々と分かると思うよ」

「麻友? 人の家族に対して、なかなか辛辣だね。変わっているという分では、麻友の家族も相当なものだからね」


 ボクがそう突っ込むと、麻友は舌をぺろりと出して、とぼけて見せた。

 全く、本当にまともなのがお父さんだけとか、困るよなぁ……。

 ボクはこの後の展開が不安でしかならなかった。

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