第82話 彼女は少女に焚き付けられた。
少し間があって、千尋さんはボクの顔を覗き込むようにしながら、
「あのぉ……すっごく露骨に嫌な顔をされるんですね?」
「え!? あ、そう!? 顔に出てましたか!?」
「ええ、くっきりとはっきりと……」
あれ? 何だか、少し千尋さんが怒っているようなんだけど……。
頬も膨らませているし……。ボク、そんなに間違ったこと言ったかな?
「優くんは、私を優くんのご家族に紹介するのは嫌ですか?」
「……………え?」
「いえ、ですから、優くんのことを、私の家族には偶発的にも紹介することはできたじゃないですか。それなのに、優くんの家族には、私は紹介してもらえないのかなって……」
ボクは咄嗟に彼女を抱きしめていた。
これはボクの勘違いなんだ……。
「ごめんね、ちぃちゃん。そういうことはないんだ。ボクはちぃちゃんのことをきちんと紹介しないといけないとは思っているんだよ」
「では、どうしてご実家に行くのが、そんなに嫌なんですか?」
「うーん……。ちょっと説明しにくいんだよねぇ……」
「はぁ……」
「まあ、まずは電話をするよ……。実際、ここにちぃちゃんが棲んでいることすら、家族は知らないし」
「それって何かと問題ですよね!?」
「え? あ、うん。そうだね」
「いや、すっごくアバウトですよね!?」
「まあ、今、この家のことはボクに任されているから、あまり細かいことは気にしていなかったんだ。それよりもちぃちゃんのことを大切にしなきゃ、て気持ちの方が先に来ていたからね」
「も、もう……。だから、そういうことをサラッというのは禁止にしますよ?」
千尋さんは少し頬を朱に染めて、視線をキッチンの方に向ける。
「え? 嫌だった? じゃあ、止めてもいいけど」
「あうぅ……。ズルいです。そんなの止めないでっていっちゃうじゃないですか……」
「好きだよ、ちぃちゃん」
「私もです……」
「キスしてもいい?」
「あ、朝食食べたばっかだから、嫌です……。て、言ってもしちゃうんでしょ?」
「うん!」
そういうと、ボクは彼女の唇を奪ってしまう。
彼女は「もう……」と言いながらも、ボクからの愛をすんなりと受け入れてしまうあたり、満更ではないらしい。
朝の食卓という清々しい場所に、唾液の絡み合うエッチな音が響く。
ボクはそっと腰に腕を回し、抱き寄せる。
全然エッチな気持ちにはならない。別に欲情したキスではなく、愛の再確認のような「好き」を伝えるキスだから———。
が、途中から千尋さんがボクの背中を手でトントンと叩いているのに気づく。
あれ? 息苦しくなってきたのかな……?
ボクはそっと瞳を開いて、彼女を見つめると、彼女の視線は違うところを見ていた。
窓の外の方に—————。
ボクがそちらに目をやると、そこにはニマニマといやらしい微笑みを浮かべつつ、ドアを開けてほしそうに、トントンと叩く麻友の姿があった。
「あちゃ~、アイツは玄関から入ることを教えないといけないな……」
「もう、ヤダぁ……。恥ずかしい……」
耳まで真っ赤にする可愛い彼女はさておき、ボクはベランダへ続く窓を開けてあげる。
「いやぁ、夏の日差しの暑さも凄いけど、あんたたちの朝からのイチャイチャの熱さはもっと凄いねぇ~」
「冷やかしに来たの?」
「いいや、遊びに来たの」
「一緒じゃない! 折角…………」
「折角、何? まさか、こんな清々しい朝から再度ベッドインするつもりじゃないよね?」
「え………? それはさすがにしないよ?」
「いや、優一はそうかもしれないけれど、そっちの名ばかり清楚可憐な女子高生は、どうやらそうは思ってなかったみたいだけど、これどうする?」
ボクは「まさか、ねぇ……」と思いながら、千尋さんの方を見ると、彼女は再びキッチンの方に顔を向けており、表情を見せないように努力しているようである。
「まさか、そんなわけないでしょ? 私と優くんは純愛なんですよ? 朝食を愛する男の子と一緒に朝食を睦まじく食べて、一緒にリビングでおしゃべりをする。これのどこにエッチな要素が入っているというんですか?」
あ、冷静な千尋さんに戻ったんだ。
ロングの黒髪をサラッとなびかせて、ドヤァという表情で勝ち誇る。
「いや、でも、ちゅぱちゅぱれろれろ、とエロい濡ればを朝から堪能できたあたしとしては……」
「全然濡れてないわよ!」
「あ、いや、別にリアルに千尋のそこが濡れてる話をしてるわけじゃないから……。朝からエロいキスをしている女子高生の恋事情の観察を楽しんでただけだから」
「いや、かなり悪趣味ですわよ?」
「そう? いやぁ、こうやって優一の濃厚な体液が熟成されるのかと思うと、毎週頂戴しているあたしとしては、エロい千尋の行為もバカには出来ないなぁ……って」
「エロくないから! それに私は吸血鬼なんだから、淫夢魔とは違うんだからね!」
「と、言ってますけど、旦那さんはどう思ってるの?」
「まあ、ちぃちゃんは可愛いから」
「いや、もうバカップルかよ……」
いや、麻友さん、そんなにゲンナリとしないでよ。
「麻友も可愛いからね」
「いや、その可哀想な感じを悟った言い方しないで欲しいんだけど?」
「別にそんな気持ちはないよ。本当に可愛いと思ってる」
「あはは……、それ以上言うのは止めよ? ちょっと期待しちゃう自分がいるしさ……。それにそっちの女が超怖ぇ顔でこっち睨みつけてるから、あんたが良くても、あたしが殺されるよ……」
ボクが振り返ると、そこには何か呪詛を唱える千尋さんがいた。
いやぁ、本当に何だか殺されそうな感じがする。
ああ、麻友が、だけど…………。
「とにかく、そこのヤンデレ女は、ヒステリックな世界から戻っておいで……。あたしが来たのは、別に漫才をしに来たわけじゃないんだから」
「あら? そうだったの?」
さっきの呪詛を唱えていた恐ろしい形相から普段の表情にサクッと戻る千尋さん。
「あんたたち、優一の家に行くんでしょ?」
「う、うん。まだ、彼女のこと伝えてないからね」
「それは早くしてあげた方がいいと思うよ。だって、優一のお父さんとお母さんは、私が彼女だと思ってる感じがあるもんね」
「はぁ!? どういうことよ!」
「いや、だって幼馴染のあたしがずっとここで食事を作ってたの知ってるでしょ?」
「それは知ってるわよ。それは何に関係あるの?」
「だからさぁ、そうやって食事を作ってあげていたのは、優一のご両親からのお願いってのも少しあったわけだよ。それに気立てのいいあたしなんかは、優一のお嫁さんとして最高だと思われてたから———」
「優くん!」
「は、はい!?」
麻友が喋っているのを遮るように千尋さんは、口を開く。
ボクはその圧に少したじろぐ。
「すぐにでも電話をして、真実を伝えましょう! そして、行きましょう! ご実家に!」
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?!?!?」
ボクは素っ頓狂な声をあげるしかなかった。
その後ろで「イシシシシ……」と意地悪く微笑む麻友をボクは気づかないわけなかった。
麻友のやつ……、ボクが実家に帰りたくないのを分かってて、焚き付けたな……。
ボクは観念して、実家に帰省することを決めたのであった。
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