第74話 少女は彼氏の危機に気が付いた

「で、お父様がどうしてこちらにいらっしゃるんですか?」

「つれないなぁ……。普通にショッピングだよ。今日はママと一緒にね」

「ええっ!? お母様も来ているの?」

「うん。そうだったんだけどねぇ……」

「え、今はいないの?」

「うん。そうなんだよね。さっき、ふらっといなくなってしまって」


 いや、お父様もお父様だが、ふらりとどこかへ消えていなくなるお母様にも問題があるでしょうが……。

 それにしても、この夫婦はいつも変わらないわねぇ……。


「あら、悟志さとしおじ様、ご無沙汰しております」


 うやうやしく、麻友はお父様に対して、挨拶をする。

 お父様は笑顔のままで、


「おお、麻友ちゃんか……。一段と可愛くなったねぇ。きっと淫夢魔としての方も精が出るんだろうねぇ」


 輪っかを作った右手で微妙な動きをするのを止めなさい……。

 ここは健全なオシャレ雑貨のお店なんだから……。


「もう、悟志おじ様ったら……。奥様に怒られちゃいますよ?」

「ああ、その妻が今、見当たらなくてね……。で、探していたら、娘を妻に見間違えてしまったんだよ」

「ちょっと!? それはやばいでしょ? 目が耄碌でもしたの?」

「うーん、相変わらずツッコミが激しいなぁ……、千尋ちゃんは」

「そうよ。千尋……。悟志おじ様にはもう少し優しくするべきだと思うわ……。たとえ、娘が好きすぎて、これまで使った下着を捨てずに残しているような変態親父であっても」

「ま、麻友ちゃん!?」


 え……、ちょっと待って!? それはさすがに許せないでしょ……。


「お、お父様? 聞き間違いでしょうか……?」

「ぬおぉっ!? た、たぶん、聞き間違いかな……?」


 こういう時のお父様は嘘をついているかどうか、すぐにわかるのだ。

 お父様は嘘をついているときは、瞳孔が開くからね……。

 あー、ガッツリと開いてるわ。


「じゃあ、死刑で」

「あひぃっ!?」

「ちょ、ちょっと待ちなよ! さっき、おじ様が言ってたことで不振に思ったことがあるんだけどさ……」

「今は、それどころじゃないんだけど……?」

「いや、ちょっと待ってあげてよ……。おじ様、どうして千尋をお母さんだと思われたのかしら?」

「ん? そりゃ、あの人は私にそっくりだからでしょ?」

「でも、服装は本来違わない?」

「まあ、そうよね……」

「いや、今日の妻は、千尋ちゃんと同じ服装だったよ。まったく、こういうことってあるんだねぇ……」

「いやいや、そうあってたまるもんですか……」


 華麗にツッコミを入れる麻友。そんな彼女は私の方に向き直り、


「でも、そう考えると、千尋が二人存在するように見えるのよね……?」

「あはは……あっちの方が更けてるからわかるでしょ……」

「でも、お母さんって、姿見の術できるでしょ?」

「………できるよ?」

「じゃあ、そっくりどころじゃないくらいに化けてるでしょ……。まあ、何でその服を着てるのか知らないけど……」

「あ、朝、インスタにあげちゃったからかな……」

「まあ、それでしょうね……」

「でも、私の服を着て、どこに行くのよ?」

「そんなの………どこだろうね……?」

「でしょ? 何のメリットもないんだけど?」

「ところで、今日は優一くんは一緒じゃないのかい?」


 悩んでいる私と麻友の間を割るようにお父様が話しかけてくる。

 もう、今はそれどころじゃな……い……………。


「あ~~~~~~~~~~~~~~~っ!?!?!?」

「な、何よ!? 急に声を出して……」

「行くところが一つだけあるわ……」

「分かったの!?」

「うん。もしかしたら……って」

「どこよ!」


 その可能性が高いというだけで本当は認めたくない。でも、きっとそこが一番可能性が高い。だからこそ、私が一番認めたくない場所……。


「きっと、優くんの家………」

「ど、どうして!?」

「お、お母様は、吸血鬼と淫夢魔のハーフよ? 特殊な血を持っている優くんに興味がわかないわけないわ!」

「ま、まあ、確かに……」

「あー、妻の悪い癖が出たのかな……」


 お父様も納得しないでほしい。

 お母様はお父様に一途ではあるが、たびたび他の男も物色したりしていたりする。

 とはいえ、それはさくっと味見をするためで、本当に好きになることなんてありえないのだが……。

 だが、今のお母様は違う。

 優くんに対して、本気で興味関心をもっているかもしれない。


「こんなことしてられない! 麻友、家に帰りましょう! このままでは————」

「優一の貞操の危機だね!」

「麻友ちゃんも言葉を選んだ方が良いよ! 娘みたいにストレートな物言いはどうかと思うよ」


 お父様、突っ込むところはそこじゃないのよ!

 今は、とにかくお母様が優一さんに手を出そうとしている事態を何とか食い止めなければならないのよ!


「家庭雑貨はまた後日だね」

「そうね! じゃあ、急ぎましょ!」

「うん、分かった!」


 私と麻友は急ぎ早にショッピングモールを後にした。

 お願い、優一さん、お母様の魔の手から生き延びて—————!

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