第73話 不穏な空気を感じる少女

 私は麻友とランチを軽くとった後、ともに家庭用雑貨のお店に来ていた。

 まあ、色々と入用なのである。

 ほら、夫婦同棲中って色々とあるのよ。


「うわぁ……。すっごくお鍋とかトングとか家庭用品って感じのお店ね」

「Francfrancってそういうお店でしょうが……」

「まあ、そうなんだけどぉ……。こんなところ、学校のクラスメイトに見られたら、あんたのこと色々と詮索されちゃうよ?」

「ん~、まあ、そうかもしれないけれど、そういうの気にしてられないっていうかさ……」

「あ、そうなの?」

「うん。実際、同棲し始めて分かったんだけど、彼の家ってもともとご両親と妹さんが棲んでいたのよ」

「あー、それは知ってるよ。お姉ちゃんは早々と上京しちゃってたもんね」

「そうそう。あのエロゲーメーカー勤務の……」

「いや、普通にどんな会社働いててもいいでしょうが……」

「まあ、そうなんですけど……先日も、吸血鬼の美少女を次々と孕ませちゃうゲームがあったんですよ」

「いや、何そのクソゲー……。絶対に本当はそういう話じゃないでしょう?」

「うーん。まあ、分からないんだけど、パッケージのイラストを見る限りは、そういう感じだったんです」

「はぁ……」

「でも、思いませんか!?」


 私は力んで、声を上げる。


「な、何がよ……?」

「優くんの目の前には、こんなにも超絶美少女の吸血鬼がいるのに、どうして私のことを放っておいて、そのゲームにうつつを抜かすのか……と」

「いやぁ……そう?」

「絶対にそうです! だって、私、あんな感じで愛してもらえたことないです……」

「いや、ホテルで隷従化までさせられておいて、そういうこと言う?」

「それはそれ、これはこれです! そんなに求めているのであれば、私を毎晩抱いてくれればいいのに……」

「いやぁ、あたしの前でいきなり惚気るのは止めてくれないかな?」

「え……惚気てないですよ……」


 ゲンナリとした表情をしている麻友に対して、真顔で返答する私。

 これのどこが惚気だというのだ……。まったく。本気での悩みなんだよ!


「と、いうことでまずは胃袋から掌握しようかと」

「十分に掌握しているとは思うよ。まあ、あたしの方があんたよりは料理上手いけど……」

「うっ……。それに関しては、返答のしようがありません……。どうして、麻友はこんなにガサツなのに、料理が上手なんでしょうね……」

「うわ。何だか、思いっきりケンカ売られてる気分だわ……。ねえ、買うべき?」


 こらこら、右手に魔弾(魔力を凝縮した殺傷能力のある弾丸)を作るの止めろ。

 ほかの客に見られたらどうするんだよ……。


「まあ、それは冗談として」

「いや、片づけ方も雑かよ」

「とにかく、料理をしていて思ったんですけど、やはりこう愛らしいものはないというか……実用的というか……」

「え? それでよくないの?」

「いや、いいんですけど……。それでも、結構な日付が経ってしまって、道具も古くなってきていて、買い替え時期が来てるかなぁ……って」

「あー、それでここに来たわけ」

「うん。オシャレ雑貨ならここかなぁ……って思って」

「まあ、リーズナブルでそこそこ使い勝手の良いオシャレ雑貨と言えば、こうなるか……」

「だから、私は今日はこれをしっかりと選んで、家に帰りたいと思うわけです!」

「いいんじゃない? あ、そうだ。今日はあんたの家であたしも食べさせてよ?」

「え………………」

「いや、露骨に嫌な顔するな……。あんたねぇ……。取り決め、ちゃんと覚えてるの?」

「取り決め? ああ、搾取協約ですか? もちろんです」

「じゃあ、今日があたしの番の日ってことは分かってるでしょ?」

「あ………………」

「あんた、忘れてたのね……。まったく、ポンコツなんだから……。まさか、普段から優一を誘惑させて、濃厚な血を飲んでるんじゃないでしょうね?」


 う……。半分当たっている……。

 決して血は飲めてないけど……。いつも誘惑はしている。

 先日は、スク水で抱きしめたりもした。

 て、それは敢えて麻友には言わないでおこう。きっとキレるだろうし……。


「毎日は吸ってないわよ。ちゃんと約束通り吸ってるだけよ」

「あ、そう。まあ、あんたのことだから、いつもイチャイチャして、熟成作業は怠ってないんでしょうけどね」

「ううっ!?」

「ホラね……」

「仕方ないんだよ……。同じベッドで寝てると、やっぱり彼のフェロモンに充てられちゃって……」

「あんた、今、自分がどれだけ恵まれた環境なのか分かってる?」

「あ、はい……」


 なんか、麻友がマジでキレちゃう5秒前女に変容していたので、私は素直に認めることにした。


「まあ、でも、女としては料理で胃袋を掴むのは大事なことだと思うよ。まあ、実際にあたしもそれを狙っていたわけだし」

「ああ、週末妻みたいになっていたわね」

「そうなの。そこで泥棒猫がやってきちゃってね」

「だ、誰が泥棒猫よ」


 私が振り向いて抗議したところ、麻友の後ろに見知った顔がいた。

 いや、てゆーか、こんなところでも会うのかよ……。


「お、お父様!?」

「あれ? 千尋ちゃんじゃない!」


 私は思わず構えてしまうのであった。

 うん。この人に会うときは絶対にいいことはないんだから————!

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