第66話 少女たちの密会⑦

 あー、早くこの状況から離れたいんだけどなぁ……。

 私は心の叫びともいえるものを、いますぐここで吐露したかった。

 いや、それだけじゃない。

 どうしても、乙女という生き物は、こうも恋バナが好きなのだろうか。

 森さんと上林さんも同様だ。


「で、錦田さんって河崎くんとはどんなお付き合いをしているんですか?」

「あー、それ、気になるぅ!」


 いや、気になるぅ~、じゃねーんだわ。

 そんなの生々しく語れるわけないでしょうが!

 と、思って、チラリと麻友の方を見ると、ニヤニヤが止まらねーぜ、といった声が聞こえてきそうな、意地悪な笑みを浮かべていやがる。


「まだ、私たちは付き合い始めて、2、3か月といったところですから、まだ手を繋ぐくらいなものです」

「あれ? そうなの?」


 麻友!? 余計なこと言うんじゃないよ!

 私は目力を込めて、彼女を睨みつける。

 しかし、どうやら麻友のツッコミは聞こえなかったようで、彼女たちは「はぁ~」とため息を漏らし、


「やっぱり生徒のお見本となられるだけのことはあるわ……」

「本当に。純粋なお付き合いをされてるんですね」

「え、ええ、そうね」


 私が少しばかり苦虫を潰したような顔をしつつ、微笑みながら返事する。

 麻友は私の耳元に寄って、


「ねえねえ、心が痛くない?」

「あぁん? 何が言いたいの?」

「いいや、なーんにも!」

「ど、どうかされたんですか?」


 森さんは心配そうにこちらを見てくる。


「いいえ、何もないわよ」

「でも、もうキスくらいされたんですよね?」

「えっ!?」


 明らかな動揺が走ってしまう。

 だって、キスなんて同棲してすぐに終わらせてしまっている。

 そればかりか、優一さんは毎日のようにキスをせがんでくる。

 旦那さんのお願いだから無碍にできないし、私自身も優一さんとのキスは好きだから、毎日のようにしあっている。


「そ、そうね。最近、ようやくしたわよ」

「結構ゆっくりなスピードですね」

「ええっ!? そうなの?」


 上林さんの感想に私自身は驚く。

 あれ? 普通、キスってゆっくりと期間を取ってからするものじゃないの?

 最近の女の子ってもしかして、キスなんてランチと同じくらいの感覚でしちゃっているのかしら?

 それって不純だわ! 破廉恥だわ! 不潔よ!

 と、自分で突っ込みつつも、私自身、同棲初日だし、先日は情事まで果たしてしまっているわけだから、激しくブーメランが返ってきてしまいそうだったので、敢えて突っ込む気にはならなかった。


「まあ、私は結構ゆっくりだから」


 麻友は言いたくて仕方がないご様子で、口元の笑みを隠すので精いっぱいの様子だ。


「そうなんだぁ……。最近は結構、早い段階でヤッちゃう子が多いから、錦田さんのような恋愛は何だか初々しくていいですね」

「そう? でも、私たちもお互いを理解しあっているところで、彼も私と生涯一緒にいたいと思ってくれているの」

「ええっ!? それって河崎くんから言われたんですか?」

「ええ! だから、お互い精進しあうことを誓い合っているのよ」

「いいんですかぁ? 斎藤さん! 河崎くん、錦田さんに奪われちゃってるじゃないですか!」


 森さんは私の横で傍観していた麻友に、話を振る。


「んふふ。別にいいの! 私はね、幼馴染という特権を最大限に生かして、これからも攻めていくんだからね!」

「メンタルが強い!」

「そう? だって、千尋は手が早いから、優一に対して、もう何かしらアクションしているんじゃないかって心配してたのよねぇ~」


 て、てめぇ! それ以上、深掘りするんじゃないわよ!

 私は内心ドキドキが止まらない。そりゃ、私と彼はすでに激しい一夜を明かしてしまっているのだから……。


「あれ? そういえば、あのポスター……」

「そういえば、このあたりの広告も夏仕様に変更されたんですね」


 んんっ!? どうして、そっちの振りたくない方に視線がいったのかな!?


「あれって錦田さんですよね?」

「えっ!? あ、それは…………」

「ああ、あれはウチの経営しているリゾートホテルの販促用のポスターとして、彼女にお願いして写真を撮ってもらったの」

「へぇ~、よく撮れてますね!」

「でしょ~?」

「そ、それにしても、錦田さんって結構、エッチな体してるんですね」

「な、何でそうなるの?」

「いや、だってそうじゃないですか。あのポスターに対して、まずどこに視線が行くかと言えば—————」

「「おっぱい」」

「あー、やっぱり~?」


 いや、何が「あー、やっぱり~?」だよ。あんたはそれ明らかに狙ってたでしょうが……。

 私はツッコミを入れたくて仕方がなかったが、それよりも彼女たちの食い付きの方が凄かった。


「普段は制服であまり目立ってないとはいえ、錦田さんって脱いだら凄いんです系なんですね」

「顔も綺麗でスタイルもいいって、河崎くんは幸せ者ですね!」

「そ、そうかしら……」

「ええ、普通にいいですねぇ。あれ? ちなみにこの腕は————」


 森さんはポスターで私の背中にオイルを塗っている手に興味を惹いてしまう。


「あー、それは優一のだよ。さすがに付き合っている男の子がいるのに、ほかの俳優さんに触れられたくないだろうから、一緒に出てもらったんだ」


 あー、そういう感じにするんですね。でも、優一さんはこのこと知らないんですからね……。

 あとでどう説明すればいいのだか……。


「本当にお互い好き同士なんですね」

「私たちも河崎くんのような優しい男子に巡り合いたいなぁ~」

「できるわよ。運命なんて、どこでどう巡り合うか分からないんだから。でも、本当に好きだって思ったら、絶対に手を抜いちゃだめだと思う。それだけは後悔しないためにもね」

「錦田さん、すっごく言葉に重みがありますね」

「私たちもそんな恋愛できるように頑張ります!」


 そのあと、彼女らとは少しだけ話して、お別れとなった。

 彼女たちの姿が見えなくなったころ、


「ねえ、自分で話をしていて、ツッコミを自分に入れたいと思ったことは?」

「ないわね! 誰が本当のことなんて言えるものですか」

「そうだよねぇ……。メス堕ちしてる清楚可憐な学級委員長って、エロマンガ展開かよ! って感じだもんね」

「お願い……それ以上は言わないで……」

「ま、本気だったから、手を抜かなかったんだよね……。そう認識しておくよ」


 麻友は私の肩をトントンと二度叩き、同情するような素振りだけは見せてくれた。

 ああ、学校でボロを出さないように気を付けないと、ね。

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