第62話 少女たちの密会③

 あたしは思っていた。この女の子、実はアホなんではないか、と。

 この女の子とは、同学年の錦田千尋のことだ。

 千尋は、親は吸血鬼の真祖という吸血鬼の中でも血統としては最高のものを持っている。

 さらに学園でも成績上位者という優等生でありながら、清楚可憐かつスタイルもセクシー系とは異なるが程よく出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいて、誰もが目を止めてしまいそうな美貌も持ち合わせている。自分も淫夢魔として、それなりにエロいスタイルはしているけれど、私が言うのもなんだが、彼女は私でも好きになってしまいそうな女の子なのである。

 しかし、この女の子は恋をした。

 あたしの幼馴染であり、あたしが食料として利用していた男の子のことを……。

 その男の子は河崎優一という。

 風貌としてはその辺にいそうな、いわゆるモブっぽい感じ。

 磨けば輝くかもしれないけれど、あたしは敢えて磨かなかった。

 だって、誰かに奪い取られたら、自身が生きていくことが困難であることが分かっていたから。

 それなのに、優一の優しさが、麻友との出会いイベントを生んでしまった。

 今思えば、あたしが教室まで一緒に行けば、こんな面倒なことにはならなかったのだろうけれど……。

 で、まあ、出会ったのが旧知の間柄だった麻友だったのは幸いだった。

 おかげであたしの食事は問題なく継続できたわけだ……。まあ、これまで無断摂取していたことがバレてしまったけれど。

 まあ、そんなことはさておき、今、この清楚可憐な女の子と思っていたコイツはなんといったのだろうか。

 えっと、隷従化————?

 確か、隷従って、その字の通り、奴隷のように従うってことでしょ?

 真祖の吸血鬼の娘が誰に隷従化されたというのだろうか。


「えっと……もう一度聞いて良いかな……」


 あたしは周囲にぺこぺこと謝罪して、桃のフラペチーノを一啜りして、気分を落ち着かせたうえで、千尋に訊いた。

 千尋はモジモジと恥ずかしがりながら、


「優くんに、隷従化わからせられちゃった♡」

「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~(ため息)」

「いやいやいや! ちょっと訊いといて、その反応はないんじゃない!?」

「え? あ、そうね。でも、何だか予想通りに千尋がアホだってことがわかったわ……」

「ちょ、ちょっと!? 誰がアホなのよ!?」

「あなたのことよ!」

「どうしてよ!?」

「だって、考えてみなさいよ。普通に真祖の吸血鬼が人間に隷従するってどういう状況かわかってるの!?」

「……………………………!?」


 千尋はハッ! と何かに気づいたような表情をする。

 あー、この子ようやく分かってくれたか……。


「もう、ラブラブだね」

「いや、やっぱりアホか……」

「ぬぁによぉ……」

「あんたねぇ……。真祖っていうのは、吸血鬼に吸血された結果、誕生した吸血鬼ではなくて、この世の中が生み出した純粋な吸血鬼なのよ?」

「へへっ! 凄いでしょ」

「いや、別に褒めてるわけじゃないから。そんな真祖の吸血鬼の娘が、低俗と言われる人間に隷従化されたら、支配のバランスが崩れちゃうでしょうが……」

「おおっ!? それは確かにやばいな……」

「ようやくわかったか……」

「でも、私は優くんのことを眷属として受け入れてるし~」

「まあ、それもバランスがおかしくなりそうな話よね……。あんたから優一には眷属という関係が生まれていて、優一からあんたに対しては、隷従という関係が生まれているんだから」

「うん! こういうのをラブラブ関係っていうんじゃないの?」

「いわねーから。普通に関係が混沌としてるっていうから、それ」

「ひどい! 私と優くんの関係を混沌なんて一言で片づけないでほしいんだけど!?」

「いや、本当はそれ以上にやばい状態を生み出しているんだけど、それをうまく表現する方法が見つからないから、混沌という言葉で処理してるんだけどね」

「うあ。酷い。」

「とにかく、あんまり隷従させられ続けたら、そのうちデキちゃうわよ?」

「うっ!? それは高校生としては拙いよね……」

「いや、高校生以上に、あんた学級委員かつ模範生の一人でしょうが」

「あはははは……妊娠しちゃったら大問題になるね」

「そうよ。特に隷従の紋様が刻まれたってことは、そういうのに対する抵抗が弱くなっているんだから、ちゃんとキャップ使いなさいよ……」

「うん! 当然だよ!」

「あと、あたしの日時に重ならないようにしてよ? 薄味になってたら気づくからね……」

「おおっ! それは失念してたわ」

「いやいや、あたしにとっては死活問題なんだけど……」

「私たちだって、愛を深めるためには重要な問題よ」

「言ってて恥ずかしくないの?」

「………………あぅ。」


 あたしの真っ直ぐな指摘に、一瞬にして顔を紅潮させ、ガクリと俯いてしまう千尋。

 本当に恋は吸血鬼すら盲目にさせてしまうとは……。

 でも、あたしもちょっと気になることがある……。


「ところで、ここだけの話、一つ訊いてもいい?」

「ん? 何かしら?」

「優一のってそんなに凄いの?」


 あたしは思わずゴクリと唾をのんでしまう。

 ち、違うから……。あたしは別にやましい気持ちで訊いているわけではない!

 千尋は「むふふ♡」と意味深に微笑み、


まで一直線で届いちゃうくらいにネ♡」

「——————————!?!?!?」


 それは即堕ちさせられるのではないのか!?

 いやいやいや、あたしは淫夢魔なんだから、そんな簡単に堕とされたりなんかしないんだからな……。

 あ、いや、でも怖いから、やっぱり嫌だ…………。それだけは—————。

 あたしは目を輝かせながら、思い出し笑いをしているこの変態女を横目に、ため息をひとつ、つくのであった。

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