第59話 少女と少年は距離を縮めようと努力する。

 優一さんは絶賛してくれた「彼氏をダメにするふわとろオムレツ」に舌鼓を打ちながら、朝食を堪能してくれている。

 私も朝からこうやって二人で仲睦まじく朝食をゆっくりととれる日がくるなんて思ってもいなかった。

 もちろん、同棲し始めてからは当然ながら、朝食は一緒に取っていたのだけれど、まだ、優一さんの心の中には、決めかねているところがあったらしく、こうやって何気ない会話を楽しむという余裕がなかったように思える。

 でも、今の私たちはそういった障害を乗り越えたわけだし、お父様からのお許しも出たわけで……。

 そ、それに、ついに優一さんと結ばれて、優一さんはめでたく私の眷属として生きることになった。

 まだ、優一さんのご両親には話はしていないらしいが、できればお盆でご実家に帰られる際に一緒に行かせてもらってもいいかもしれない。

 私にとっては、ご両親の方に気に入ってもらうことも重要な要素なのだから。


「そういえば、今日は休みだけど、朝食を結構早くに取るんだね」

「え? あ、はい。実は、今日、麻友と会う約束をしていたんです」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、二人で仲良くいってらっしゃい」

「いいんですか?」

「え? でも、もう約束しちゃってるんでしょ? 別に問題ないよ。麻友とは同盟を結んでいるわけだし、突如として千尋さんに危害を加えるわけではないだろうしね」

「まあ、そうですね」

「うん! だから、二人で色々と話をしたり、ゆっくりとショッピングするも良しなんじゃない? ボクがいたら行きにくいお店もあるでしょ?」

「え? まあ、そりゃ女の子の秘密ですからね」

「まあ、どういうお店のことを指しているのか分からないけれど、楽しんできたらいいと思うよ」

「ありがとうございます。あ、でも、夕方までには帰ってきますから」

「てことは、夕食は一緒にするってこと?」

「はい。そうです」

「じゃあ、今日はボクが何か作るよ。食べたいものはある?」

「うーん。そうですね……。たぶん、麻友とは洋風なお店でランチを食べると思うので

 できれば、和食が助かるかもしれません」

「和食だね……。いいよ! 任せておいて!」

「優一さんってお食事作れるんですね?」

「あのねぇ……ボクだって、伊達に一人暮らしやってないんだからね。この部屋にカップ麺とかなかったでしょ?」


 そういわれれば確かにそうだった。

 部屋に来てから、驚いたのは炊飯器やオーブンなど調理家電が必要不可欠なものに関してはある程度揃っていたということだ。

 しかも、新品のままではなく、きちんと使用感がうかがえる状態だったのである。

 それはつまり、優一さんがきちんと料理をして、食事に関しては取っていたことを意味する。


「まあ、千尋さんが来てからは、なかなかボクが作る機会がなかったけど、家事もできれば分担したいしね」

「え!? そんなこと言われても、私がちゃんとやりますよ?」

「でも、ボクもできるんだから一緒に手分けしてしようよ。あ、それとももしかして、洗濯物はしてほしくないとかある?」


 意味していることは分かる。

 つまり、私の下着を優一さんに洗ってもらうことに関して、だ。

 もちろん、恥ずかしいし、できれば自分で洗えるようにしておきたいところである。


「ゆ、優一さんは、気にしないんですか?」

「まあ、小さいころから家族のも洗っていたから、妹の下着も洗っていたからね……」

「でも、妹さんのってまだ際どいデザインじゃないですよね?」

「え? まあ、そうだけどね。て、もしかして、千尋さんの下着って………!?」


 ちょ、ちょっと待ってください!?

 そ、そんなことはないです! 私は至って普通の下着です……。

 まあ、確かに勝負下着というものも何枚か持ち合わせていますが、そんな誘惑するデザインのものは……洗ってもらうつもりはありません。

 普通に白の下着くらいなものです。間違っても、黒とか際どいものは、優一さんには表せないようにしなくては………。


「問題ありません。私はいたって普通の白です!」


 ああっ! 朝から何てことをぶち明けているのかしら……。

 もう、恥ずかしくて、何も言えなくなってしまいそうな勢いなんですけど!?


「そ、そうなんだね……。じゃあ、ボク的には構わないよ」

「では、またきちんと決めないといけませんね」

「うん! この夏の間に決めて、実践しようね!」

「それでですね……。ひとつ、私から我が侭を言ってもいいですか?」

「え? 何? 改まってどうしたの?」


 私はコーヒーをクイッと飲んで、口の中をスッキリさせる。


「私たち、付き合ってもう2か月を超えるじゃないですか……。それに、先日、その……エッチも済ませたわけじゃないですか……」

「う、うん……そうだね。」


 優一さんは恥ずかしそうに頷く。


「だから、お互いを名前だけでも、もう少し距離を縮めせんか?」

「まあ、確かに、ずっとお互いの名前をこうやって呼び合うのもなんだか変ですね」

「ですので、お互いの呼び方を考えたいなって」

「じゃあ、千尋さんのことは……そうですね。ちーちゃんでどうですか?」

「な、何だか恥ずかしいですけれど、まずは慣れが必要なのかもしれませんから、それでお願いします」

「じゃあ、ボクはどうしますか?」

「では、優くん、でどうですか?」

「何だか、言われると恥ずかしく感じちゃいますね」

「じゃあ、これで決まりってことで。いいですよね? ゆ、優くん」

「そうだね。ち、ちぃちゃん」


 私たちは単に名前を呼びあっただけなのに、恥ずかしくなって、目を逸らしてしまった。

 お互い結ばれた仲だというのに……。

 何だか、順番がおかしい気がしますけど、これで少しは距離が縮まったのでしょうか……。

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