第56話 恥じらう少女は、やはり可愛かった。
海の向こうに夕陽が沈もうとしている。
なるほど、どうして、ここにホテルを建てたのかが物凄く分かりやすい。
サンセットビーチをホテル所有のプライベートビーチとして、最高の景色を堪能するためにはホテルに宿泊しなくてはならないというわけだ。
それだけではない。
ここから見る夕陽は、ほかの何物にも邪魔をされないのである。
ボクはこのホテルに宿泊することが決まった時に、インターネットから様々な情報を仕入れていた。
その結果、彼女とはやはりこの景色をみたい、と思うようになった。
もしも、告白が上手くいってなかったら、この夕陽を見つめながら、話をしたら、自然と雰囲気が良くなるのではないだろうか、と。
ボクは千尋さんの手を繋いだまま、ホテルから出てくる。
夕食前にこの景色を見たかった。
「あら、すっごく素敵な景色ですね」
「本当だね……。天気が良くてよかったよ」
「本当に。それにしても、もう二日間が終わってしまうんですね」
千尋さんは名残惜しそうに呟く。
それはボクも同じ気持ちだ。とはいえ、これからまだまだ夏休みが続く。
ボクらは同棲しているのだから、私生活に戻っても、二人は一緒にいることになる。
それに帰ってからの心の持ちようはこれまでとは大きく異なる。
だって、ボクは彼女の眷属になったのだから。
つまり、ボクらは将来に渡って夫婦となることを誓い合ったということだ。
「どうしたんですか? 何だか、緊張した面持ちになられていますけれど」
「え? あ、まあ、そのボク、ついに告白したんだなって……」
「……んふふ。すっごく嬉しかったですよ。
「ち、千尋さん!? それは………」
「まだ早い……ですか?」
「はい……」
ボクが恥ずかしそうにそういうと、彼女は意地悪そうに微笑みながら、
「でも、もう、一緒に棲んじゃってますしね」
「とはいえ、学校のみんなは知らないんですから……」
「あ、そうでしたね……。思わず、学校でも喋ってしまいそうになるところでした」
おいおい。
そもそも、この関係を学校側が「良し」というわけがない。
何せ、ボクらはまだ未成年なんだから……。同棲とかは本来認められないでしょ。
「ボクも告白したんだから、千尋さんを守れるような存在になりたいですね」
「まあ! すっごく逞しいことです!」
「そ、そうですか?」
「ええ、それはとてもいいことだと思いますよ。あ、それと眷属になるっていうのは、私の旦那さんになるだけじゃないんですよ」
「え? それはどういうこと……?」
「眷属になるということは、事実上、吸血鬼と同等の力を持つことができるようになるんです」
「はぁ……」
あまり理解できていない。
ボクの力がどうなってしまうというのだろうか?
そもそも千尋さんの力って一体どんなものなんだろうか……。
「うーん。そうですね……。私も優一さんとお会いしてから、私自身の力というものを見せたことはありませんからね」
「ええ、そういう場面はなかったかと思いますね……。もしかして、実は物凄く怪力とか?」
「あはははは……。本当ですけど、ここで乙女に向かってサラッというものではなくて?」
いや、普通に笑顔が怖いから……。
てか、そうだったの!? そんなに強いのか……!?
「まあ、あんまり言いたい話ではないですけれど、私たち人に非ざる者というのは、人間と比べるとどうしても力を持っています。だから、かなり力を抑え気味で活動はしているんですよ……。て、まあ、そんな意識せずともできるようにはなっていますけどね」
「何だか、底知れぬ努力をしてきたって感じがするね……」
「まあ、努力はしてきましたよね。だって、普通に眷属になるお相手を探すためには人間社会に溶け込んで生活していかなくてはなりませんから」
そっか……。彼女は彼女なりに努力をしてきたというわけか……。
て、あれ? じゃあ、ボクの今の力というのは……?
「ですので、今の優一さんの力というのは、以前の人間のころに比べると強くなっていると思います」
「ええっ!? じゃあ、ボクが力加減を間違えたら、クラスメイトを傷つけることにもなりかねないってこと!?」
「あ、それは大丈夫ですよ。だって、優一さんが力を発揮できるのは、私を助けなければならないときだけですから」
「助ける……ですか」
「まあ、あまり実感ないですよね。そもそも私を救うなんてことが起こるなんてことそのものが……」
「ええ、まあ、ボク的には平和に幸せでありたいので」
「それは私も一緒です」
彼女はにこりと微笑んで、夕陽を再び眺めた。
ボクの横にいる美少女が、ボクから離れるなんて考えられない……。
そんなことあってはならない、とすら思える。
「それにしても、驚いちゃいました」
「え? 何が?」
「だって、まさか、こんな素敵な夕陽を見せるために、優一さんが私を連れ出すなんて思ってもいなかったので……」
「ぼ、ボクだってたまにはエスコートしたり……」
そういったところで、彼女のか細い指は、ボクの唇にそっと触れる。
「分かってます。この二日間は本当に幸せがいっぱいで、もう言葉でなんか言い表せないくらいでしたよ。それに……優一さんがこんなにロマンチストだということも知れちゃいましたしね」
「あ! もしかして、バカにしてる?」
「そんなことないですよ。あ、いつの間にか夕陽も海の向こうに隠れてしまいましたね……。何だか、少し残念な気持ちになりますね……」
「ぼ、ボクは………」
そういって、彼女を引き寄せて、そのまま抱きしめる。
そして、瞳を合わせて、
「ボクは君のことが好きだ! 大好きなんだ! だから、もっとたくさんの思い出を作ってあげる! そのためにエスコートが必要だったら、ボクはいつだってエスコートの役になるよ!」
「———————!?」
ボクが叫び終わると、そのまま彼女の唇にキスをした。
周囲に人がいるなんて気にすらしなかった。
刹那、海岸の樹々に準備されていたイルミネーションが偶然にも点灯する。
薄暗かったビーチはLEDに照らされ、砂浜が光り輝く。
「も、もう……優一さん……ズルい……」
キスを終えて、彼女は頬を赤らめつつ、恥じらった。
「ここまで計画的に私の気持ちを掴もうとしていたなんて……」
いや、本当に偶然なんだけど……。
ボクはそういいたかったが、どうやら彼女は信用してくれそうになかったので、その場の流れに任せる。
周囲からはボクが公開告白を行ったと思った宿泊客から暖かな拍手を頂戴する。
て、ええっ!? ホテルのベランダの方からも拍手が送られてる。
「も、もしかして、これも優一さんが……?」
彼女はもう耳まで真っ赤になっている。
「こ、こんなことになるとは、ボクも予想外なんだけど……」
「こ、これだから、優一さんはズルいんです」
拍手を送る周囲の人たちは、彼女からの返事はまだかまだかと待ち望んでいるようだ。
それを察したのか、千尋さんはボクにキスをして、
「私のこと、本当に幸せにしてくださいね」
その一言が周囲の人に聞こえたかどうかは分からない。
ただ、その反応は「OK」を意味していると判断したのだろう。
ボクらに向けて、大きな大きな祝福の拍手や口笛がプライベートビーチに響き渡った。
そっと目をそらしながら、恥じらう彼女は本当に可愛かった。
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