第53話 少女はすでに知っていた。
薄暗い部屋に月明かりがスッと差し込む。
まるで清められた教会のように白を基調とした寝室は、照らされている。
そんな中、バスローブを羽織ったボクはドキドキが止まらなかった。
少し離れた浴室からはシャワーの音が聞こえてくる。
今、千尋さんが入っているのだ。
今日は別々に入りたいという千尋さんからのお願いもあり、ボクらは一人ずつ浴室を利用した。
き、きっとこの後は————————。
ゴクリ。
ボクは思いっきり唾を飲み込む。緊張のあまり、その音がリアルに聞こえてしまったのでは、と錯覚するほどに。
千尋さんのお父さんと別れてからは一緒にウィンドウショッピングを楽しんだりした。
他愛のない会話を繰り返して、周囲からは普通に恋人同士に見えていたことだろう。
ボクも彼女と一緒にいる時間が本当に楽しいし、離れたくないとすら思っていた。
そして、ディナータイムの彼女は本当に綺麗だった。
ロングの黒髪を結って、ロングドレスを着飾った彼女は、いつもの可愛いとはまた違っていた。
そう。美しかった。
「このホテルのメイクアップアーティストの方って本当に凄いですね。あれは明らかにプロですね」
そういわれてボクはじっと見ると、確かにいつもと違う。
もとより肌は綺麗だったから、うっすらとだけ乳液とファンデーションで整えて、軽めのアイシャドウにライトレッドの口紅———。
うっすらと紫がかった瞳と相まって、とても彼女が美しく……いや、妖艶と言っていいのではと思うくらい綺麗だった。
「あれぇ? 優一さん? どうしたんですか? 普段とは違う私にまた惚れてしまいましたか?」
彼女は意地悪そうにボクに対して微笑み、挑発してくる。
「うん。本当に綺麗だね。いつもは可愛いって印象だったけど、今は本当に美人だね。惚れ直すというよりも、心を奪われたって感じかな?」
「———————!?」
ボクは彼女の美しさに戸惑いつつも、素直に感想を述べた。
すると、彼女は瞳を宙に向けて、少しソワソワする。
どうやら、ボクはまたやってしまったみたいだった。
「あのぉ……前から言ってたと思うんですけれど……」
「恥ずかしいことを言っちゃダメなんですよね……?」
「ええ……。でも、私も素直に今の優一さんの言葉は嬉しかったです。実際、今日はメイクアップアーティストの方にどうするか聞かれたときに、少し背伸びをしたいとお伝えしたら、このような装いになったんです。だから、自分の身の丈にはあってはいないのではないかと、そんな心配すらしていたんです」
「そんなことないですよ」
「そうですか? では、背伸びしてよかったですね。それに、この後、もう少し大人になっちゃいますものね……」
「………あ…はい………」
彼女が言いたかったことに気づき、ボクはぎこちなくなってしまう。
千尋さんは、きっとこの後のボクが眷属になることを指しているのだと思う。
彼女にとっては、眷属を作ることがどういうものかを知っていると思うのだが、ボクにとっては……その……初めてだし……。
「こんな美人な彼女と一緒に寝ることは緊張しますか?」
「そ、そりゃそうでしょう! 寝るといっても、普段のような普通に寝るのではないんですから……。それにボクは初めてですから」
「大丈夫ですよ。私も初めてですから」
「え………?」
「あら? もしかして、私がすでに他の殿方にキズモノにされているとでも?」
「あ、いや、そういうわけではないですけれど、他にも眷属を作ったりしているのかと……」
「あー、きっと吸血鬼に関しての知識に誤解が生じているんですね……。それは弱い吸血鬼のすることです。弱小の吸血鬼たちは、自分たちの力を引き上げるために、眷属を増やすことで、精力を大量に搾取できるように……いわば、エネルギーの源をたくさん持とうとします。でも、私のような真祖の血を引く者はそのような必要はありません。そのかわり、優一さんのような自分にとって最高の男性と会って眷属にする必要があるのです」
「あ、あの、それってつまり……」
「ええ、お父様と同じですわよ。とどのつまり、婚姻関係を結ぶということです」
リンゴーン、リンゴーン!!
ボクの頭の中に突如として、教会の鐘の音が鳴り響く。
つ、つまり、今日の眷属の儀というのはそういうことなのか——————!?
ぼ、ボクは何ていう提案を千尋さんにしていたんだ!?
そりゃ、ボクが言い出した時に、彼女が恥ずかしがるわけだ……。
ボクはすでに彼女に対して、求婚をしていたのではないか……。
「だ・か・ら♡ 優一さんから眷属になりたいっていう提案をもらった時は、思わず心が乱れちゃいそうになっちゃいましたよ。あまりの嬉しさに♡」
「………ボクは何てことを……」
「でも、ああいう直球ストレートな言葉は吸血鬼にとっては嬉しいですよ。お母様はお父様を自分で誘ったそうですから……。逆に、私は優一さんからあんな告白をいただけるなんて思ってもいませんでしたからね」
「では、ボクは……」
「はい♡ すでに私に対して返事をいただけているんですよ? しかも、恋人に対する最高の堕とし文句で」
どうやら、ボクは知らない間に彼女に対して、告白をしていたらしい。
ボクがずっと悩んでいたのは何だったんだろう……。
そのあと、食事が届き始めると、彼女はボクとその食事に舌鼓を打った。
こんなに複雑な気持ちを抱いたままの食事は初めてだった。
そして、食後に彼女をエスコートしつつ、部屋に戻るとき、
「先ほどの食事と私とどちらが美味しいか、味比べをしてくださいね♡」
ボクはぞくりと背筋に何かが走る。が、情けないかな、不純な考えが先走ってしまった僕は、ぱっくりと開いた彼女の胸の部分から覗く谷間に目が行ってしまい、理性をその時も抑えれそうにはなかった。
千尋さんはその横で、満面の笑みを浮かべて、ボクの腕に寄り添うように、その双丘を惜しみなく押し付けてきたのであった。
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