第50話 少女と父親の会話①

 ボクたちは今、近くのオシャレなイタリアンを堪能できるお店で舌鼓を打っている。

 あ、でも、ここでいうボクたちというのは、ボク、千尋さん、そして千尋さんのお父さんなのだが……。


「優一さん? このサラダ、野菜も美味しいんですけれど、それに合わせてくるエビも美味しいですし、ドレッシングがこれらを程よく包み込んでいて、とても美味しいですよ!」

「本当だね!」


 ボクは、ちらりとお父さんのほうを見ようとする。

 刹那、ギラリと彼女の瞳が赤く光ったかと思うと、ボクの視線は……いや、頭そのものが千尋さんの方を向いたまま固定されてしまう。

 吸血鬼の力、すげぇーっ!


「優・一・さ・ん? 今は食事中ですので、よそ見はダメですよ」


 うん。表情は微笑んでるけど、目の奥が笑ってないよ。

 何だか、本当の彼女に出会えたような気持ちだよ。


「こんなに美味しいイタリアンがあるなんて、麻友のお父様にも感謝しないといけませんね」

「そうだね! こんな機会がなければ、こういうお店に入る機会もなかっただろうからね」

「そうですよね。ここのシェフもイタリア仕込みらしいですよ。デザートはティラミスがいいですね!」

「ティラミスかぁ……いいねぇ」


 何だか、お父さんが哀れに思えてきてしまった。

 何とかして、話の突破口を作ってあげたいのだが……。


「それにしても、わざわざこんな面倒くさいことをして、近づこうとした理由は何なんですかね?」

「え? 優一さん、そんなこと今、どうでも良いような気がするんですけれど……」


 いや、普通に怒ってるけど、さすがにどんどんボクのメタ値が正常値を下回りそうだから、この場を解決したいんです。


「きっと理由があるんですよね?」

「ま、まあ、そうなんだが……」

「ふぅ~」


 彼女はグラスに入った水で口を潤すと、ナプキンで口元を拭い、


「お父様は、娘に対して過保護すぎなんです!」

「うっ!?」


 あ、本当なんだ……。

 思わず仰け反った千尋パパを可哀想な目で見てしまう。

 なるほど。彼女が自分は愛されているのとは違う……とさっき言っていたけれど、その時に表情が暗くなった理由も分かった。

 娘への愛が重すぎるから、千尋さんとしては早く親離れしたいんだね。

 それでこっちから突き放そうとしかけてはいるんだけれど、そうはいかずにさらに執着してくる。

 これは愛されているとは言えない……。これ、もう家族じゃなきゃ、単なるストーカーじゃないか……。 


「だって、そうじゃない。私が高校に入学するって言ったら、眷属を作っていないから駄目だとか色々とごねてたじゃない。最終的にはお母様からオッケーをもらったから、行けたものの……。それに高校に行っていなかったら、こんなに最高の出会いは出来ていなかったわ」


 ん? それってボクのこと?

 思わず、ボクは彼女の方を見ると、彼女とバチバチッと瞳が合い、少し恥ずかしくなってしまう。


「でも、千尋ちゃんの言うこともわかるけど、これでも結構パパは心配性だからさ」

「あー、はいはい。そうですねー」

「ああっ!? 千尋ちゃんお得意の棒読み!」


 え!? そんな特技持ってるの!? てか、本当に目のハイライトを失わせて、本気で何も考えてないからね、というのが伝わってくるような怖さが滲み出ている。

 ボクは絶対に千尋さんからこういう視線を向けられないように頑張ろう。


「ところで、君が千尋ちゃんの眷属なのかね?」

「あ、いえ、まだ予定です」

「なにっ!?」


 おお……、何だかすごい剣幕だね?

 眷属であるか、ないかってそんなに差があるのかねぇ……。


「ボクは彼女と今は同棲しているところなんです」

「同棲!?」


 あ、お父さんのHPが少し削られたような気がする。

 まあ、そんなこと気にせずに話を続けよう。


「あ、はい。そうです。彼女が一緒に住みたいと言ってきたので……。そして、告白もされました。でも、ボクはまだそのお返事が出来ていません」

「ほう……どうしてだね?」

「ボクは彼女の告白がそんなに軽いもののようには思えなかったのです」

「それはどういう意味だい?」

「彼女の告白は、単なる人間でいう彼氏彼女の関係で終わるような感じを受けなかったんです」

「ほう?」

「ですので、ボクはもっと真剣な意味でその告白を捉えたんです。だから、気軽に返事をするのではなく、本当の意味で彼女とともに一生を迎えることができる人間であるかどうか……、とそこまで深く掘り下げて考えてみたのです」

「君は何だか、真面目すぎるところがあるね」

「そうかもしれませんね」


 ボクはアハハと微笑むと、千尋さんの方を見つめる。

 千尋さんは突然見つめられて、ピクッと反応すると、少し頬を赤く染める。


「ボクとしては、彼女と一緒にいるために、ボクなりの答えを出そうと思うんです」

「それは……どういう?」

「今、ここでお父さんに言わなきゃいけないでしょうか?」

「………聞きたいとは思うね」

「そうですか……。でも、ボクはまだ言いたくありません。これはボクと彼女との問題ですから」

「いや、しかし、眷属という関係になるには………」

「お父様? しつこいですよ。しつこくし過ぎるとお母様にも嫌われますよ」

「うぐっ!?」

「あはは……。でも、ボクは今日初めて、千尋さんのお父さんとお会いできましたから、そんなボクと彼女が眷属になるのは不安なんですよね?」

「………ま、まあ………」

「もうっ! お父様ったら……。それでしたら、安心してください。そもそもお父様には見えませんか? 優一さんのが……」

「まあ、先ほどからその辺は気になってはいたのだが、これ、男にはかなり反応しないように感じるのだが……。むしろ、嫌悪感を催すような匂いを感じるんだが」

「なるほど! では、私がこの匂いにメロメロになってしまっているのは、本当に女を誘惑するようなフェロモンのようなものなのですね」

「ええっ!? 千尋ちゃん、彼にメロメロになってるの!?」

「え? そうだったの? 千尋さん?」

「あ、え、いや、あの………」


 千尋さんは顔を真っ赤にして、その場で下に俯いてしまった。

 あ、耳まで真っ赤にしてる。

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