第46話 少女は追い込まれた。

 不安そうな私の表情に優一さんも何か悟ったのか、小声で私の耳元に囁く。


「どうかしたんですか? もしかして、見られてはいけない人とかいましたか?」

「………ええ………」

「それはどなたですか? ウチの学校の人とか?」

「それならば、問題はなかったんですけどね……。そもそも、私と優一さんはもはや学校でもある意味公認の中ではないですか……」

「そりゃそうですね。付き合い始めた初日から、千尋さんがボクの腕に絡みつくように抱きしめながら、駅から学校まで歩いたんですものね」

「それだけじゃないじゃないですか。昼休みも一緒に中庭で食べたではありませんか」


 そう。私たちは付き合い始めてから、食堂に行くことは稀になった。むしろ、中庭に持ってきたお揃いのお弁当箱を一緒に食べるのが当たり前になってきた。

 すっごくやりたかったことでしたから、あまりにも初日は力みすぎて、おせちのようなお弁当を持って行ってしまったのは、今でも学校内で語り草となっている。

 まあ、あの時はちょうど近くを通りかかった麻友を呼び止めて、一緒に食べさせたから、良かったのですけれど、周囲から見たら、学校内でのモブキャラとして存在していた優一さんが突然の美少女二人に囲まれて、昼食をとるハーレム状態という羨ましさしかない状態が起こっていたのだから、学校での認知度は急激に高まっているはず。


「そうだったね。確かに初日で有名になっちゃったよね」

「ええ。まあ、あれは私もやりすぎたのではないかと、今思えば、少し反省しています。でも、私が優一さんのものであることを見せつけることは成功したと思いますよ」

「そうですね。では、今は一体……?」

「たぶん、お父様だと思います……」

「お父さん?」

「ええ……。お父様が私を連れ戻そうとしているのかもしれません」

「連れ戻す? どうして?」

「私たち吸血鬼は15歳で成人を迎えます。そして、成人を迎えると、吸血の儀で血を吸ったあと、眷属を作らなくてはならない慣わしなのですが、私は前にもお話した通り、吸血の儀で失敗して、その時、人を殺めてしまっています」

「ああ、言ってましたね」

「で、私は猶予をいただいて、高校へ進学することにしたのです」

「それは眷属探しのために?」

「まあ、それもありましたが、そもそも吸血鬼として生きていくことに少しモティベーションが下がってきていたのだと思います。人間と同じように生活することで、様々な見聞を広めることで、言い学びになるかな、とも思いまして、麻友が通う予定の学校を偶然彼女から聞いて、それならば、知り合いのいるところの方がいいと思い、父の許しを得た経緯があるのです」


 まあ、そもそもあの時もお父様が認めてくれたというよりは、お母様が無理やりお父様を納得させたという方が正しいような気がしなくもない。


「でも、まだ半年も経っていないじゃないですか」

「ああ、それはたぶん、私の責任になるかもしれません……。私はお母様とは話をするのですが、お父様とは仲が悪くて、話すらしたくないのです」

「うわっ! それっていわゆる世のお父さんのパンツと一緒に私の下着は洗わないで! てやつと一緒ですか?」

「ま、まあ、そういうのが人間界にはあるのですね……。それに近いかもしれませんね。とにかく、お父様は眷属を一向に作ろうとしない私に辟易しているのだと思います」

「では、ボクが自分から名乗るというのはどうですか?」

「ええっ!? 何を言ってるんですか……。そもそも眷属になる人が自ら、真祖の吸血鬼の長であるお父様に話しかけられるほど世の中甘くないですよ!」

「あ、そういうもんなんんだ」

「そういうものなんです!」


 まあ、確かに自己紹介はあってもいいかもしれないですが、命まで保証されるとは限りません……。

 気に入らなければ、抹殺されることだってあり得る世界なのですから……。


「とにかく、お母様への報告はするとして、お父様に見つかることだけは避けないといけません」

「あ、そうなんだ。婚前にあいさつに行くとかいうのもなしなんだね?」

「こ、婚前!?」


 はわわわわ……。そ、それって、つ、つまり………。

 結婚を前提としたご挨拶!?

 私も見たことがありますよ! 彼女のお父様に対して、「娘さんをください!」という告白をする、アレですよね!?

 私はあまりにもドキドキとしてしまう。


「あ、あのぉ……どうかしましたか?」

「え? あ、あははは……ごめんなさい! ゆ、優一さんがそこまで考えてくださっているなんて思ってもなかったので……」

「え? あ、そうですよね……。すみません。また恥ずかしいことを言っちゃいましたよね?」

「ホント、発言には気を付けてくださいよね」


 私はドキドキと高鳴る胸のトキメキを抑えつつ、そう言った。

 と、同時に布一枚向こうから声がする。


「おい、この辺からお嬢様の声がしなかったか?」

「ああ、確かに聞こえたな……。もしかして、この中か?」


 ちょ、ちょっと!? ここは試着室なのよ!?

 開けられたら逃げ場所がないじゃない!

 私たちは追い込まれてしまった。逃げ場のない場所に―――――。

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