第43話 少女は胸がキュンッ♡とした。

 うん。本当にこのジェラート美味しいなぁ……。

 ボクらは千尋さんの恥ずかしさを隠すために急遽、見つけたお店「Gelat‘ottimo」でそれぞれ違うフレーバーのジェラートを購入して、テラスで食べていた。

 お店の名前のごとく、「ジェラートが最高に美味しい」のだから、そのスプーンが進んでしまうのは仕方がない。

 が、先ほどからチラチラと千尋さんの視線を感じてならない。

 ほら、またボクと視線が交わりかけたんだけど……。


「千尋さん、どうかしましたか? あ、もしかして、ボクのジェラートの味も見てみたいってことですか?」

「わ、私はそんなはしたないことはしないつもりだったのだけど、優一さんが良いとおっしゃるのでしたら、少しいただけますか?」


 うーん。ツンデレ?

 まあ、女の子から一口食べたい! なんて言い出しにくいのかな……。

 ボクは自身のスプーンでそっと山葡萄のベリーラテをすくいとると、彼女の方に差し出す。


「はい。どうぞ」

「え!? あ、はい……ありがとう」


 彼女は一瞬、驚く表情をするが、「溶けるジェラートが勿体ないですよ」というボクの一言に無言でそのスプーンを口に入れる。


「うん! とても美味しいわね!」

「そうでしょ? ボクも最初はベリーとコーヒーって合うのかなぁ……って心配だったんですけれど、食べてみたらいい意味で裏切られましたよ」

「本当ね! で、でもね、優一さん、誰にでもスプーンを差し出したりしないでくださいね?」

「え? 何かまずかったですか?」

「いえ、だって、これって優一さんが使ったものですから、その……間接キスになるじゃないですか……」


 あ。ボクはその時、言われて初めて気が付いた。

 確かにそうだ。今、さっき彼女に差し出したのは、ボクが使っていたスプーンだった。

 別に他の女性にはそんなことをすることはない。


「そ、それは心配しなくていいですよ!」

「え? そうなのですか?」

「ええ、そもそも、ボクはこんなこと、千尋さんにしかしませんから」

「———————!?」


 さらに顔を真っ赤にする千尋さん。

 さっき、ジェラートの店を見つけて逃げのびようとした時以上に顔が真っ赤になっているような気がする。

 その証拠に頭の頂上あたりからプスプスと煙のようなものが上がっているように見える。


「ど、どうして、そんな恥ずかしいことをサラッと言ってのけるんですか? 優一さんは……」

「ええっ!? また、ボクは余計なことを言ってたんですか!?」

「しかも、自覚症状がないというのですか!? 絶対にほかの女の人に同じような言葉を言ってはダメですよ!」

「ど、どうしてです!? 無自覚だといつ、言ってるかわからないじゃないですか……」

「うっ!? でも、気を付けてください。そうでなければ、壮大なタラシになってしまいますよ」


 ええっ!? ボクは壮大なタラシだって?

 そもそも恋愛下手で、初心者マーク付きの彼氏だというのに、タラシの属性があるなんて、そんな末恐ろしいことがあっていいはずがない。


「大丈夫ですよ。ボクがそんなことしませんから。まあ、麻友はボクの体液を必要としていますが、それ以外の部分はすべて千尋さんのものですから!」

「だーかーらー、そういう発言なんです!」

「ええっ!? これもダメなんですか!? じゃあ、逆に千尋さんのすべてはボクのものです!」

「ぷしゅ――――――――――……」


 思わず、口から湯気のようなものを吐いて、テーブルに突っ伏す千尋さん。

 重傷を負った兵隊のように、のっそりと起き上がり、


「そのセリフはもう、完全にアウトですよ。そ、それだと、こ、告白と一緒ですよ」

「あれ? そうなんですね」

「ええ、思わず、胸のあたりがキュンキュン♡しちゃったんですから……」

「それはすみません」

「私も恋愛に関しては初心者なんですから、あまりそういう発言をされると、恥ずかしくなっちゃうんですからね!」


 乙女心とは本当に難しいものなのだなぁ……。

 とはいえ、ボクらはお互い恋愛初心者なんだから、これから色々と経験を積めばいいのではないだろうか……。


「そういえば、私も定番のあれ、してなかったですね?」

「定番のあれ?」

「ええ………」


 そういって、彼女は自身のスプーンに自身のジェラートをすくい取る。

 すると、ボクの前に差し出して、


「はい、あ~ん?」


 ええっ!? こんなド定番な展開をすることができるなんて!

 あれって恋愛ゲームの世界の中だけのイベントなんだと思ってたんだけど、実はそうじゃなかったんだね!?

 てことは、そのまま行けば、ボクは食べる瞬間に彼女が指を引くはず。

 そして、お預けをくらうというあのパターンだ。


「え? 本当にボクに食べさせてくれるんですか?」

「はい! どうぞ」

「では、喜んで! いただきまーす」


 ボクは彼女が手を引くことを想定して、前のめり気味に体を出す。

 そして、彼女のスプーンのジェラートをやや体を深めに踏み込んで口に入れる。

 が、想定外のことが起こる。

 彼女が手を引かなかったのだ……。

 つまり、ボクは前のめり、彼女はそのまま。ということは、ボクはスプーンよりも先まで食べることになる。

 ちゅぷっ!


「あぁん♡ ちょ、ちょっと!? 優一さん!? どうして、私の指まで………」

「ご、ごめんなさい! お預けされるかと思って、ちょっと前のめりに食べに行ったんです」

「も、もう……まさか、ジェラートだけじゃなくて、私の指まで舐められちゃうなんて……」

「あうぅ……」

「そういうところが…………なんですよ……」


 彼女はボクから視線をそらし、顔を赤らめつつ、ぼそりとボクに聞こえないように何かを呟いた。

 そんな彼女がこの上なく、乙女で可愛く見えた。

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