第37話 スイートルームで少女は父を振り返る。
セバスチャンは部屋はエレベーターのカードキー差込口にカードを差し込み、回数を押す。
数字は表示されている数字の一番上である「15」であった。
へぇ、このホテルは15階建てなんだぁ……とボクは余裕を少しかましていたのかもしれない。
千尋さんはセバスチャンに対して、
「本当にいいの?」
などと聞いていたりする。はて? どんな部屋がボクらの部屋なのだろうか……。
エレベーターは揺れもほぼしないで、ボクらを15階のフロアに案内してくれた。
開けると、そこには、部屋が3部屋ある旨を記載している掲示板に目が行く。
この階は3部屋しかない。というか、そうすると、ものすごく広いんじゃないか!?
ボクはこの時初めて、そのことに気づく。
もしかして、これはなかなかのお部屋が待っているのではないだろうか……。
「こちらが河崎様と錦田様のお部屋になります」
セバスチャンはそう言うと、カードキーを差し込んで、ドアを開けてくれる。
そこは純白を基調とした色合いの部屋になっていて、開けた瞬間から、奥のベランダに続く開放感が物凄かった。それだけではない。その向こうからは、潮騒の音と同時にふわっと香る海のにおい。
カーテンは海風でふわりとなびき、夏だというのに部屋に爽やかな風を取り込んでくれる。
「これはすごい……」
「ですよね? これ、スペシャルスイートですよよ、優一さん」
「ええっ!? そんな部屋にボクらが泊っていいんですか!?」
ボクが振り返って、セバスチャンに確認をすると、彼はコクリと丁寧にお辞儀をして、
「そのようにお嬢様から伺っております。ですので、本日は、ごゆっくりとお寛ぎいただき、夜は千尋様と――――」
「セバスチャン!」
「おっと、これ以上は、言わなくともお分かりということですな……」
ん? 何にことだろうか……?
セバスチャンの一言に千尋さんがやたらとかみついているような気がするが……。
「お食事はお部屋でお取りすることもできますが、どうされますか?」
「そうですねぇ……。私としては、優一さんと一緒に優雅に格式のあるディナーを楽しみたいので、できればレストランでいただきたいのですが」
「千尋さんがそういうなら、ボクはそれで構いませんよ」
「では、レストランでディナーとされることにしておきます。スイート専用のレストランということになりますので、クローゼットにフォーマルを入れておりますので、そちらをご着用の上、お越しください」
へぇ~、さすがスイートクラス……。ちゃんとした服装でないと食事を提供できないというのか……。
ん? てことは、千尋さんもそういう服装に着替えるということかな……?
どんな服装になるんだろう……。それはそれで楽しみかも。
「では、私はここで失礼いたします。海で遊ばれるのもよろしいですし、併設しておりますモールでショッピングを楽しまれるのもよろしいかと思います。では、ごゆっくりとお楽しみください」
セバスチャンは何やら含みのある言葉を残して、その場を去っていった。
ドアの閉まる音を聞いたのち、千尋さんは「ふぅー」っと深いため息をついた。
「まさか、セバスチャンがいるなんて思ってもなかったです」
「そうだね? 旧友なんだよね?」
「まあ、そんな感じです。彼はインキュバスで、麻友の伯父にあたる存在なんです。麻友と私の家は異種間交流というものがあって、たびたび、彼女の家にいったりすることがありました。そのとき、麻友の家で執事として働いていたのが、彼なのです」
「へぇ~、そうなんだ。とても優しそうな人だね」
「まあ、最近は……というところでしょうか……」
「ん? 最近?」
「そもそも彼はインキュバスですから……。大人しそうに見えて、実はかなりのプレイボーイですよ」
「ええっ!? そうは見えないよ?」
「いえいえ、これが本当ですよ。彼は実験的に、私に対しても色目……つまり『魅了』を使ってきたこともありましたね」
「え……? 大丈夫だったの?」
「はい。まあ、真祖を舐めてはいけませんよ、といったところでしょうか。頭の中になにかモヤモヤが入ってくるのがわかったので、何か気持ち悪かったので、彼に対して殺意の視線を送ると、そのモヤモヤを止めてくれました」
「なるほど、そのモヤモヤが支配してくると、逆らえなくなっちゃうんだ」
「その通りです。私も麻友の家に泊まった時に偶然、人間の女性を虜にしているところを目撃してしまいましたが、あれは恐ろしいものですね。女性の表情は完全に堕ちていて、人間を辞めてしまっているような……そんな感じがしました」
「うわぁ……それは怖いな……」
「彼の『魅了』は本当に怖い技ですよ。まあ、私に使ったことが父にバレてお尻にロケット花火突っ込まれてましたけどね」
「あ、ははははは……」
てか、それ、本気で痛いと思う!
それ、火ぃ付けちゃったの!? 爆発したの!? お尻どうなったの!?
ボクの脳細胞で、千尋さんの父親に対する恐怖心が湧き上がってくる。
「そ、それは怖すぎるね……」
「ええ、父は本当に怖い人ですから……」
「愛されているんだね。千尋さんは……」
「………いえ、そうではないと思います。むしろ、その逆だと私は思います」
その表情はどことなく寂しそうであると同時に、何か自分の中で納得できていない、そんな表情がボクは気になったのであった。
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