第36話 少女は古き知人に遊ばれる。
そんなこんなのドタバタしつつもアヴァン・クリスティン・ホテルに到着したのであった。
まさかの特急停車駅から直通の遊歩道があり、その終点がホテルの入り口になっているという新設設計。
荷物を持っていても、それほど苦にならないのがありがたい。
てか、麻友のお父様ってやっぱすごいんだな……。
受付を済ませるため、チケットを取り出すと、受付嬢が慌てだし、そのまま「少々お待ちください」と告げられ、彼女は奥へと去っていった。
「ねえ、何だか慌ててるんだけど、このチケット、実は偽装なんてことないですよね?」
「ええっ!? さすがにそんなことをしてくるとは思えないんだけど……」
「まあ、麻友のことだから、さすがにそういうことで私たちを嵌めるようなことはないわよね……。それにしても、一体どうしたのかしら……」
あー、チケットはすでに麻友から貰ったというのはバレバレなのですね。
じゃあ、わざわざ隠すような真似をする必要もなかったわけだ……。
何だか、バレたら気を悪くするかと思っていたけど、そんなことはないようで一安心すると同時にドッと疲れが溢れ出てきそうになる。
そんな話をしていると、奥から、きちんとした身なりの方が現れる。
年のほどは40歳代後半といったところか。胸に三ツ
何やら強面な方で一瞬たじろいでしまいそうになる。
「河崎様と錦田様でございますね」
「あ、はい」
「お待ちしておりました。お嬢様からお二方のことは伺っております。しっかりとおもてなしをするように、とのことです」
「あははは……、それはどうも……」
どうやら、チケットがボクに手渡された時から、この対応となることは決まっていたようだ。
当然、ボクはこのような対応をされたことがないので、きまり悪くなってしまう。
千尋さんも頬に人差し指を添えるようにして、考える素振りをする。
「てことは、今回の旅行は、麻友プレゼンツってことなのかしら?」
「はい、そのようにご理解いただければと思います」
そう深々とお辞儀をして、顔を上げるタイミングでウィンクをしてみせるお偉い人。
え……どういう意味?
すると、ボクの横で、千尋さんが「あっ!」と声を上げた。
「もしかして、セバスチャンなのですか!?」
「おや? お気づきいただけましたか?」
「ええ、その癖のあるウィンクで……」
セバスチャン? いや、普通に日本人のおじさんにしか見えないのだが……。
ボクが意味が分からないという表情をしていると、千尋さんがそれを察してくれて、
「ああ、この方は私の昔の知り合いのようなものです」
「知り合いのようなもの……?」
「ええ、麻友の叔父といえばいいのでしょうか。昔から、私と麻友はある意味で幼馴染のようなものでしたから、彼女と遊ぶときは必ずセバスチャンがいてくれたのです」
「へぇ……セバスチャンさんが……。ところで、この方はどこの国の方なの?」
「それはどちらの方を言えばいいのですか?」
「どちらというと?」
「ああ、人間としてなのか、それともインキュバスとしてなのか? ということです……」
「あー、セバスチャンさんはインキュバスなんだね……」
「ちなみに人間としての名前は佐伯雄三っていうの」
「うあ!? めっちゃ普通だ!」
「ほっほっほっ」
ボクが驚くと、セバスチャンさんこと佐伯雄三さんは顎髭を触れながら、微笑んでいた。
いやいや、こんな優しそうな顔をして、インキュバスとか凄いな……。
「私はれっきとした日本人とお伝えしておきましょう。まあ、そもそも私たちのような魔性の存在には本体というものがもともとありませんから、いわば、受肉した状態ととらえていただければと思います」
「受肉……ですか……」
と、そこでボクは思わず千尋さんの方に視線を送ってしまう。
彼女も受肉した存在なのだろうか……?
「あ、私はちなみに吸血鬼だから、一緒にしないでよね……。それに麻友もよ。あの子は半人半魔の存在だから、体は人間だから安心して」
「もう、どこをどう安心すればいいのかわからない状態になってきているな」
「うふふ。だ・か・ら~、この旅行で私の体は隅々まで優一くんに知ってもらうんだからね!」
普通にえげつなくエロいことをサラッと言ってくるなぁ……。
セバスチャンは、そんなやり取りを見てて、興味津々のようだ。
「もしかして、錦田様はようやく眷属を……」
「せ、セバスチャン!?」
千尋さんは顔を真っ赤にして、セバスチャンにタックルをかましている。
いや、もう少し年配者をいたわるべきなのではないだろうか……。
てか、眷属? どうかしたのだろうか……。
「こほん! とにかく、セバスチャン、私たちの部屋に案内してくださるかしら?」
「ええ、わかりました。千尋様と優一様の愛を育むお部屋へと参りましょう」
「セバスチャン! いい加減になさい!」
明らかにセバスチャンは千尋さんをからかうのを楽しんでいるよう見えた。
そんな頬を赤らめながら、恥ずかしさを殺そうとする彼女も可愛かった。
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