第32話 少女はこの夏、危ない恋をしたい。

 照りつける陽光が、肌を刺すように降り注ぐ。

 そして、目の前には真っ青な海が何も邪魔するものなく広がっている。

 砂浜はホテル所有のプライベートビーチになっているのか、それほど人が多くなく、まばらに散らばっているように見える。

 ボクは今どこにいるかって?

 そう、ここは幼馴染である斎藤麻友の父親が経営するというお金持ち御用達の一流リゾート施設の一角にある「アヴァン・クリスティン・ホテル」の最上階だ……。

 て、何で最上階なんだ!? ここ、ロイヤルスイートとかスタッフの人が言ってたんだけど!?


「本当、いい景色ですね!」


 千尋さんはニコリとボクのほうに微笑んでくれる。

 これだけでも、ボクの気持ちは落ち着きそうだ。

 もちろん、ここへ来るまでに色々とボクの心臓は最高値をたたき出す瞬間が何度かあったのだから……。



 ボクらは封筒の中の旅客用チケットを利用することになった。

 駅に到着して、駅員にチケットを手渡すと、


「こちらが、駅までの乗車券になります。そして、こちらが特急アヴァンの特急券になります」


 手際よく切符と特急券を2枚ずつ2セット、準備してくれた。

 て、特急券? しかも、特急アヴァンって………!?

 アヴァン・クリスティン・ホテルという名前は知っているものの、ボクの家は家族が東京に住んでいることから、一緒にこういったホテルに泊まることなどありえない。

 それに、泊まるとしても、もう少しランクが下になるのだが……。

 だから、ボクにとっては、アヴァン・クリスティン・ホテルがどこにあるのかということすらもあまり知っていなかった。

 それどころか、麻友の家が資産家であることは知っていたけれど、鉄道経営まで行っているというのは知らなかった。もしかして、千尋さんは知っていたのだろうか……。ボクと駅員のやり取りをあまり気にせずにスマホをいじっていた。

 ボクらは特急アヴァンが発車するターミナル駅まで、急行列車で移動すると、ホームに停車中の特急アヴァン5号に乗車する。開放的な車内と大きな窓ガラスは景色も楽しめそうな装いだった。


「これ、すごいですね?」

「え? 何でですか?」

「あれ? 気づいていないんですか? ここ、ラグジュアリーシートが装備されたサロンカーですよ。普通の特急券よりも割高なので、ちょっと吃驚しました」


 千尋さんはサラッとそう言ってのけるが、ボクは逆に心臓が縮こまってしまいそうになる。

 なんだって? ここ、そんなに高い車両なの?

 やっぱり、このチケットは麻友がボクと行く気でいたのだろうか……。

 それならば、何だか悪いことをしたようにも思えてしまう。

 とはいえ、アイツもこのチケットをくれたということは、ボクのことを応援してくれているということだと思う。

 しっかりとボクと千尋さんの関係を深めていかなきゃ……。

 そして、眷属に―――――。

 ボクはそう思ったときに昨晩の彼女の発言が頭の中によみがえってくる。


 ―――眷属って私たち吸血鬼と殿方が、せ、せ、せ、セックスすることですから………。


 ボクは忘れようとしていたことを思い出してしまう。

 そして、ちらっと千尋さんを見る。

 千尋さんはボクの視線に気づき、


「どうかしましたか?」


 と、肩を寄せてくる。

 そっと触れ合った肩の感触に、ボクは思わずびくりとしてしまう。


「あれ? 何を考えていたんですか? あ、もしかして、エッチなことですか? 今はダメですよ、い・ま・は♡」

「そ、そんなこと考えてません!」

「うふふ。そんなに本気にならなくたっていいんですよ? むしろ、本気になっちゃったら、嘘じゃなくなってしまうではありませんか?」

「………あぅ、そうですね」

「それにしても、本当にすごいですね。こんなチケット、よく手に入れられましたね」

「まあ、その……伝手がありまして……」

「ふぅ~ん。その伝手、私も知っていたりしません?」


 ぎくぅっ!?

 バレないように心穏やかにしつつも、表情は物語っていたのかもしれない。

 サロンカーというほとんど人が乗っていないことをいいことに、千尋さんはボクのほうにさらに寄りかかってくる。


「私に隠し事はいけませんねぇ……。て、まあ、隠せてないですけれどね……。確か、アヴァン・クリスティン・ホテルって、麻友のお父様の所有物でしたよね? だから、思ったんですけれど、これ、麻友からもらったんですよね?」


 上目遣いに見つめられると、男は弱くなります……。


「あ、はい……」

「やっぱり。別に隠さなくてよかったのに。きっと、あの子のことですから、2週間前にこってりと搾られたんではありません?」

「ど、どうして2週間前まで分かるんですか!?」

「いえ、あのあとの血の味と匂いが薄かったので……」

「そこですか!?」


 吸血鬼の判断基準って、やっぱり血なの!?

 とはいえ、ばっちり間違いない。


「はい。正解です。千尋さんとの仲を発展させたいということを相談したら、これで『ひと夏の思い出』を作って来いって」

「うふふ。アヴァンチュールってやつ?」

「でも、それだと一瞬の恋で終わっちゃいますよ?」

「あー、私はそういう意味じゃなくて、危険な意味のほうを取ってますよ。燃えるような恋をね!」

「あはは……お手柔らかに」

「んふふ♡ 別にいいんですよ? ひと夏の思い出をして、出来ちゃっても……♡」

「ええっ!? そ、それはダメですよ!?」

「んふふ。冗談ですよ。やっぱり、優一さんは面白い人ですね」


 ボクにはどこまでが冗談で言っているのか分からなくて、いつもハラハラさせられちゃっているんですけれどね……!?

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