第31話 少女は眷属というステップアップを教えてくれた。

 悪夢のような夏期課題テキストの問題をボクらは一週間ほどでやり終えた。

 先にも言った通り、難易度の問題ではない。

 問題数が怒涛の如くあったのである。

 簡単に言えば、やってもやっても終わりが見えない……なんて感じだ。

 ちなみにこの課題はやってこなかったものは、停学や退学なんていう恐ろしい処分もあるので、みんなが気を抜かずに取り組んでいるのは間違いない。


「それにしてもちゃんと終えれてよかったですね!」

「ちゃんとと言っても、ボクらのスピードはきっと学校サイドから見たら異次元のような速度だと思いますけれどね……」

「え!? そうなんでしょうか……」

「そりゃそうでしょう……。ボクら、あの課題を1週間で終わらせたんですよ!?」

「え、ええ、まあそうですね。あとで楽しいことが目白押しと考えると、つい戦闘本能が芽生えてしまいまして……」

「戦闘本能って……、千尋さんはどこぞの星の戦闘民族か何かですか?」

「ん? 何ですか、それは?」


 あ、この冗談は通用しないのね……。

 ボクらは今、何をしているかというと、荷物を鞄の中に詰め込んでいるところだ。

 いよいよボクらが楽しみにしていた旅行の出発日が明日と迫っているのだ。

 ちなみに先程の問題集だが、麻友に聞いたところ、まだ3ページほどしか終わってないよ……とのことだった、

 どうやら、麻友は本気で退学の危機が迫っているような気がした。

 そのときにボクらが課題を終えたことを伝えると、「意地悪! 人でなし!」と罵倒を食らったが、訳が分からなかった。

 とにかく、彼女には出発日を伝えて、それで電話を終えた。


「それにしても、旅行って私、本当に楽しみです」

「そうなんだ? これまでにどこかに行ったことは?」

「私はないんです。まあ、私の家庭がそもそも真祖ということも関係しているのかもしれませんけれど、両親ともに旅行に連れて行ってはくださらなかったですね」

「そうなんだ……」

「まあ、それどころか、あまり家からも出してもらえませんでしたので……」

「ええっ!? 家からも?」

「あ、はい。そうなんです。ですので、入試の日に本当に久々に外に出れたと言いますか……」

「ああ、だから、あの日に貧血で………」

「本当にお恥ずかしい話ですよね。朝日を受けただけで貧血になるなんて……」

「いや、でも、そもそも吸血鬼って太陽そのものに弱いっていうイメージがあるので……」

「ああ、あれはデマですね」

「デマなの!?」

「はい。そもそも吸血鬼が夜に生活するという縛りを受けると、私たちはどうやってお金を稼げばいいのでしょうか……。夜の仕事って、しんどいだけで割の合わない仕事が多いみたいなので……」

「吸血鬼も大変なんだね」

「あ、別に動揺しなくても大丈夫ですよ。昼間にちゃんと働いてくれているので、問題なく仕送りも頂けてますよ」

「そうですか。それは良かったです。それに私も今ではこの通り! 昼間でも順応して生活しているじゃないですか」

「そうですよね。確かに、そう考えれば、おかしなことだって分かるのに、どうしてそうおもっちゃったんだろうね?」

「きっとそれだけ優一さんたちの吸血鬼のイメージが古くなっているという証拠ではないでしょうか?」

「ボクが持っている吸血鬼のイメージですか……」

「どうです?」


 彼女はバッグに自分の荷物を詰め込んでいるところで、ボクの方に下から見上げるように問うてくる。

 と、ボクはイケないものを目にしてしまう。

 Tシャツの隙間から、女性のふくよかな二つの果実を目に焼き付けてしまう。

 所謂、チラリと見えてしまった、というものだ。


「そ、そうですね……」


 ボクはさっと視線を逸らす。

 が、ボクの頬が少し朱に染まっていることは気づいてしまうかもしれない。


「あのぉ、どうかされたんですか?」


 さらに彼女は覗き込んでくる。

 ああ、止めて!? もう少しで、千尋さんの胸の膨らみだけじゃなくて、先の……。

 そこでボクの挙動を不審に思った彼女が自身の服装を確認する。

 そこで、ポッと彼女の頬も赤くなってしまう。

 そう。違和感なく説明していたけれど、彼女は今、ノーブラなのだから……。

 ボクとしては、どうすればいいのか焦り、悩む………。


「優一さん?」


 ひっ!? 声が冷たい!


「そんなに見たいのであれば、おっしゃっていただければ、いくらでもお見せしますよ? あ、もちろん、寝室でですけれど……」

「いいえ! これは不可抗力ですから!」

「本当に本当ですか?」

「本当に本当です!」


 千尋さんはボクをジト目で疑いつつも、ふぅっ! と一息ついて、


「まあ、そんなこと言い合っていても、仕方がありませんものね。とにかく、見たかったら素直に言ってくださいね! 私はあなたの恋人なんですから」


 いや、そんなことを素直にお願いできるほどの肝っ玉が据わっているようにボクが思われているのならば、それはそれで大問題だと思う。


「じゃあ、もう一度気を取り直して、お伺いしますね。優一さんの吸血鬼ってどんなイメージを持ってるんですか?」

「ボクが持っていたイメージよりも、可愛くて大事にしちゃいたくなりますね……」

「――――――――――!?」


 ボクの言葉に、千尋さんは俯き、頭から湯気が立ち上る。

 あー、また言ってはいけないことを言って、彼女を怒らせてしまったのだろうか……。

 ボクはその場に片膝をついて、千尋さんに声を掛ける。


「あ、あの……千尋さ―――――」

「あぅん♡ もう、好き! 好き! 大好きです!」

「うえぇ!?」


 彼女は瞳をハートにしながら、ボクに抱き着いてくる。


「優一さん! そんなことを思ってくれていたなんて、私、大興奮を通り越して、濡れちゃいますよ!」

「どこが!?」

「え? 確認します?」


 と、彼女はハーフパンツのウェスト部分に手を掛ける。


「あー!? 結構です! 大丈夫です!」

「そうですか……? でも、これならば、眷属になれる日も近いかもしれませんね」

「えっ!? 眷属にですか?」

「あ、はい……。だって、眷属って私たち吸血鬼と殿方が、せ、せ、せ、セックスすることですから………」


 ボクは一瞬にして脳が停止した。自動停止だ。

 そして、再起動を果たしたと言っても、脳内の記憶が彼女への発言をリプレイしてくる。

 ボクは、自身の眷属発言に対して、一気に血の気が引いてしまった。

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