第30話 少女は水分補給に恋を感じ取る。
夏休み―――!
そう。夏休みといえば、陽キャな男にとっては、彼女をつくり、海水浴、バーベキュー、花火大会、そして愛を育む……。そんなひと夏の思い出で、一歩大人へと成長をさせてくれるものであったりする。
そして、ボクら二人も例外ではなかった……。
「ゆ、優一さん……、私、もうダメですぅ……」
「ぼ、ボクもそろそろ飛びそうです……」
ボクら二人は滴り落ちる汗。
顔は赤く染まり、息も絶え絶えになっている。
千尋さんの吐息がボクの頬を撫でる。彼女はすでに限界を突破しそうな雰囲気を漂わせている。ボクもそろそろ限界に近い……。
「んはぁっ♡ ほ、本当にもうダメかも………」
「も、もう少し我慢してください! もう少しで終わりますから……」
「で、でもぉ……すでに体の中から熱くなってきているんですぅ……」
「も、もう少しで終わりますから、頑張りましょう!!」
「も、もう、ダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………」
千尋さんはクタリとその場に倒れ伏す。
一応、過ちが起こらないようにするために、ちゃんと言っておくけど、ボクと千尋さんは別にエッチなことをしているわけではない。
夏休みに入ってすぐにとりかかった宿題を終えようとしていたのだ……。
分厚いテキストに走るペン先。次々と計算用紙は埋め尽くされ、解答欄は埋め尽くされていく。
中間考査・期末考査で学年トップテン入りを二度果たしている二人にとっては、分厚い問題集は、何ら苦痛を感じる問題ではなかった。問題数と別の要因をのぞけば………。
そう。ボクらにとって、夏休みの宿題として渡された分厚いテキストはそれほど苦痛のある問題があるわけではない。主に一学期の復習になっているから、定期考査できちんと復習を終えているボクらは容易にその問題を解いていく。
たまにテキストを作成した数学の教師が東京大学や京都大学の入試問題のようなものを入れているため、そこだけは苦しめられたくらいだ。
しかし、ボクらを今、苦しめているのは他の問題だった。
「それにしても、夏休み初日にまさか壊れるとは…………」
くたりと倒れて意識を失っていたように倒れていた千尋さんが倒れたまま、呟く。
「本当にそうですよね……。まさか、エアコンが壊れちゃうなんて……」
「この暑さではエアコンがないのは、地獄に近いですね」
窓を開けて、倉庫から引っ張り出してきた扇風機を回しているが、体に当たるのは灼熱の太陽によって熱された空気だ。
とはいえ、ウチから図書館までは結構距離もあるし、それ以上に夏休みは自習室が予約でいっぱいになっていて、利用することができない。
涼しい環境で宿題や読書をしたい……。みんな考えることは同じなわけだ。
「でも、努力の甲斐はありましたね。ボクは終われましたよ」
「うーん。私はもう少しだけ残っているんですよね……。でも、もう汗で服もベチョベチョで無理かも……」
「分かりました。もう少し涼しくなった夜に終わらせればいいんじゃないですか?」
「そうですね。そうさせてもらいます」
ボクはさっとその場を立ち、冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを取ってくる。
疲れて目を閉じている千尋さんの頬にそっと触れる。
「きゃっ!? もう! 冷たいですよ」
「でも、暑いんだから、冷えたスポーツドリンクで水分補給は大事でしょ?」
「ま、まあ、そうですけど……」
彼女はそっとボクから視線を外す。
ボクはボトルのキャップを開栓し、喉を潤す。
「あー、すごく美味しく感じる。て、どうかしたんですか?」
「ん? べ、別に何でもないです」
あら? どうして怒っちゃってるんだろう?
怒っているにしては、耳まで真っ赤にしているし……。
「美味しいですよ。ほら、脱水症状じゃ、まずいですから」
ボクはそう言って、彼女のペットボトルを開けてあげる。
それを受け取ると、千尋さんは、クピッと少し口に含んで喉を鳴らす。
「べ、別に怒ってるわけじゃないけれど……何だか、さっきの優一さんの行動が恋人同士っぽくて嬉しくなっちゃったんです」
「え!? ボク、そんなムーブ出してました?」
「ええっ!? もしかして、無意識でやってたんですか!?」
「あ、はい……」
「これはなかなかのタラシ体質ですね……。そりゃあ、麻友も勘違いを起こしちゃいそうになりますね」
「いやいや、麻友はそもそも幼馴染ですから……」
「幼馴染は恋に発展しないなんてことはないんですからね?」
何を心配しているのだろう……。そもそも同棲している千尋さんが強いに決まっているじゃないか……。
「と、とにかく! こういうの……何かいいなって思っちゃいました」
「あはは……。じゃあ、ボクはあくまで自然体で接することにしますね。そのほうが千尋さんに喜んでもらえるみたいだし」
「喜ぶとか以前に、キュンキュンしちゃうんですよね。胸とかが……。今の心拍数、聞いてみます?」
「い、いや、今は結構ですよ!?」
このままだと、彼女の胸にボクの耳を押し当てるつもりだろう!? そんなことされたら、あの柔らかさを再び感じてしまうのだから……。
それはさすがに避けたい……。
しかし、ボクはこの選択肢がミスだったということをこの後の彼女の言葉で思い知らされることになる。
「あ、そうですよね。だって、お互い汗でビショビショですものね。じゃあ、一緒にシャワーを浴びて、スッキリしましょうか」
「…………え?」
言うが早いか、彼女はボクの腕を引っ張って、そのまま浴室に向かう。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?」
「いいえ、お風呂であれば、汗も流せますし、私のこの胸の高鳴りも分かっていただけると思います!」
ねえ、千尋さんって本当に純粋な気持ちで言ってるんだよね!?
明らかに不純な動機がどこかにありそうに感じてならないんだけど……!?
ボクはこのあと、彼女の綺麗な肌をこれでもかと見せつけられ、しっかりと性欲レベルが高まり、体内に濃厚な血液が蓄えられたのである。
「今日の夜はご馳走ですね」
そういいながら、舌をぺろりとする彼女は、食事を楽しみに待つ吸血鬼そのもののように艶っぽかった。
ああ、お願いだから、お手柔らかに………してくれるわけないですよね。
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