第29話 少女は恥ずかしさと嬉しさを隠しきれない。
雑踏を抜けるように歩き、貼りだされた成績上位者を遡っていく。
だんだん鼓動が高まっていく。
そもそも上位だと思い込んでいたのは誤りで、解答用紙に大失態をかまして、圏外まで落下したということも考えられる。
やはり自分の名前を見つけるまで安心はできない。
「あ、ありましたよ!」
千尋さんはふんわりとした笑顔でボクのほうを見つめてくる。
何だか、少し恥ずかしくなってしまう。どうしてだろう……。普段一緒にベッドでも寝る生活をしているのに、どうしてこんなにも恥ずかしいのだろう……。
「優一さん? 聞いてます?」
「え? あ、はい!」
ボクは一気に現実に引き戻されてしまう。
そこには少し頬を膨らませた千尋さんがいた。
ひとつひとつが可愛い……。
「聞いてませんでしたね? 次やったら、怒りますよ! 優一さんの名前がありましたよ!」
ボクはそう言われて、彼女に指さされたほうを見てみる。
そこには確かに「河崎優一」の名前があった。
「6位……!」
「前よりもアップしましたね!」
「うん……。ありがとう! 千尋さんと勉強したおかげだよ」
「ちなみに私もありましたよ!」
「え? 本当に? どこどこ?」
「もう! 優一さんにはすぐに気づいてほしいんですけど?」
「え?」
「優一さんの右隣り。5位のところです」
「あ、本当だ!」
「私もめでたくランクアップです! これで学級委員としての面目躍如ですね!」
「でも、嬉しいな!」
「え?」
「こうやって二人、仲良く順位が並んでるのって、嬉しいなって。二人で頑張ったもんね」
「………………そ、そうですね」
彼女はそう言うと、少し俯き気味になってしまう。
何だか、耳が赤くなっている。
「わ、私もこうやって優一さんの傍で一緒に見れることが嬉しいです……。ずっとお傍にいられるようになりたいですね……」
そういって、彼女はボクの手を握ってきた。
普段は少し冷たい感じの彼女の体温が、今はすごく熱く感じる。
「あ、だんだん増えてきましたね。場所を移しましょうか」
「は、はい。そうですね」
ボクは周囲の人を押しのけて、彼女も通れる道をつくっていく。
「そういうところが好きなっちゃうんですよ……優一さん」
「え? なんか言いましたか?」
「いいえ。何もありませんよ」
ボクは彼女の手を必死に離さないようにしながら、その場から立ち去った。
大講堂前の広場は、先ほどとは打って変わって、人はほぼいなかった。成績上位者を見終えたものは、そのまま立ち去るため、広場を経由するものもいないようだ。
ボクは広場の隅のほうのベンチに彼女と一緒に腰かける。
「本当、千尋さんのおかげですよ。ボクがランクアップを果たせたのわ」
「それは私も一緒です。お互いの苦手科目を補い合えたのがよかったですね」
確かにそうだ。ボクらはお互いに苦手分野がある。いわゆる、理系か文系か……。
それをお互いでサポートしあうことで、結果的には良い方向につながったのだ。
「やっぱりボクはまだまだ支えられちゃってるな……」
「それがどうかしたのですか?」
彼女はきょとんとした表情で、ボクを見つめる。
「あ、いえ……。今のは、その気にしないでください!」
「ダメです! 優一さんが悩んでいるのは、私は気になりますよ。だって、生活を共にしているものとして、お互いのことを気にかけるのは当然じゃないですか」
「そ、そうですね……」
「まあ、でも、無理強いして訊くつもりはありません。私への告白と一緒です。私は待ちます。たとえ、あなたからの返事が悪いほうであっても――――」
「そ、そんなことはありません!」
ボクは彼女の両手を握って、語気を強めて言い放つ。
彼女は「きゃっ」と驚いて、頬を赤く染める。
「あ、すみません!」
「い、いえ。ちょっと驚きましたけどね……」
「ボクは絶対にあなたのことが嫌いにはなれません。それは間違いありません」
「はい……」
「でも、返事をするのは、少しだけ待ってください。きっと好きになってみせますから」
「はい……。それはもう認めているようなものですけれど、私もちゃんとした言葉で、優一さんの口から聞きたいです」
彼女はふんわりとした笑顔だが、どこか瞳が潤んでいるように思える。
まるでそれは泣いているかのような……。
「あ、すみません。ボクが優柔不断だから、泣かせちゃいましたか……?」
「え? あ、いいえ、違いますよ」
彼女はそっと潤んだ瞳を右手で拭う。
「私のこれは嬉し涙です。優一さんが私のことを一生懸命考えて、一生懸命好きになろうとしてくれている。私はそれが嬉しいんです。だって、最初はいきなり優一さんの家に押し掛けるようなことをして、驚かれていたではありませんか」
いや、そりゃ普通、告白初日から同棲したいなんて言われたら、驚くのが普通かと思いますけど!?
それにもはや新婚夫婦のように一緒に食事をしたり、そのあとはお風呂にはいり、ダブルベッドで就寝するとか、どう考えても婚姻届けを出した後のような行動ですものね……。
「だから、行動が急すぎて、嫌われたかも……なんて思っていたんです。でも、今の言葉を聞いて、私の勘違いだったって気づけました。だから、それが嬉しくって……」
彼女はそう言うと、ボクの肩に寄りかかる。
「ち、千尋さん!? 周囲の目は……」
「ここでは気になりませんよ。それにこんな隅っこにいるカップルなんて、誰も気づきませんよ」
確かに今いる場所は大講堂前から見ても、噴水を挟んでいるため、こちらを意識してみないことには気づかない。
「今、ほっとして力が抜けちゃっているんです。少しだけ、こうしていてもいいですか?」
「はい。少しだけですよ」
「こうやって甘える人がいるのって、いいですね」
「ボクにはいつでも甘えてきてください。千尋さんの甘えん坊な一面も垣間見えると思うので」
「もう! 何だか、言い方が意地悪ですね」
「あはは……すみません。あ、そうだ!」
ボクは胸ポケットから、麻友からもらったチケットを取り出す。
「なんですか? それは」
「これ、ペア宿泊券なんです。アヴァン・クリスティン・ホテルって場所の」
「凄い! 超一流ホテルじゃないですか!?」
「これ、友人の伝手でもらったんです。ぜひとも、今回のお祝いの意味も込めて、夏休みに一緒に行きませんか?」
「え? いいんですか? ご家族とかは?」
「別に大丈夫です。夏休みは長いですから、少し顔を出せば、親は喜んでくれますから」
「そうですか……。では、ご一緒させてください」
「ボクたちの関係が、さらに一歩踏み出せたらいいですね!」
「え!? あ、はい。そうですね! で、でも、それだと、私たち大人になっちゃいますね」
「え? どうしてですか?」
「あ、いや、やっぱり何でもないです。夏休みが今から楽しみですね!」
彼女は耳まで真っ赤にしながらも、平静を取り繕う。
はて? またしても、ボクは余計なことを言ってしまったのだろうか……。
でも、提案に彼女が喜んでくれた。ボクも今から、夏休みが楽しみだ。
きっと前半は学校からの宿題を片づけることが優先になるだろうけれど、人生初のリゾート施設を千尋さんと一緒に行けるなんて、本当に今から楽しみでならない。
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