第16話 少女は朝からイチャつきたい。

 清々しい朝に緊張感がはしる―――。

 周囲の学生服に身を包んだ男子たちは殺気立つ―――。

 不穏な空気が漂い、今にも対象物への襲撃が開始されるではないか、とさえ感じてしまうほどだ。

 もちろん、その対象物というのは、この場合は、きっとボクのことを指すのではないかと思う。

 ボクは普段通りの時間で通学をしている。何も問題はない。

 しかし、周囲からは矢のような殺気が先ほどから、ボクの精神的苦痛ストレスとなってくる。

 昨日まではそんなことはなかった―――。

 ボクはがっくりと項垂れる。

 今朝、千尋さんの裸エプロンの結果、ボクの理性は今にも爆発しそうな状態になってしまった。そして、ボクには最後のトリガーがひかれた……。それが彼女のうなじから背中、そしてお尻まで至る綺麗な裸だった。

 ボクは理性を維持しつつも、鼻血を吹き出しながら、倒れてしまった。

 そのあと、気づいた時には何だか性欲の部分がすっきりしていた。

 ち、違うぞ! 千尋さんにそんなことさせてないからな!

 千尋さんはボクの首筋に優しく嚙みついていた。血を吸っていたのだ。

 血をちゅるちゅると吸われると、なぜかボクの膨れ上がっていた性欲が抑え込まれていった。

 とはいえ、これはこれで実は快感が走るのである。

 いわば、一発ヌイたような気分になるのである。これってエクスタシーってやつなのか?

 彼女曰く、ボクの性欲が高まっているときの血は、甘美なものでまるで飲む性行為のように感じるのだとか……。

 いや、言っている意味がよく分からない。

 とにかく、味としては大人な味なのだそうだ。

 これは一つ勉強になった。

 このまま清純な彼女が知らず知らずのうちに、ボクの性欲を掻き立てるような行為をしてきた場合は、ボクは彼女に対して、血を吸ってもらえるよう希望すればいいのだ。

 とはいえ、彼女が本当に希望するのであれば、そちらはそちらでやってあげたいとも思うのだが。それはまだまだ時間がかかりそうだ……。

 だって、ボクと彼女はまだ付き合いを始めたばかりなのだから。


「何だか、周囲の皆さんが殺気立っていますね」

「そ、そうですねぇ……」


 清純というよりも実はおっとりしたマイペース過ぎないか!?

 ボクが今置かれている状況は、清楚可憐な学年トップのお嬢様である錦田千尋さんが、学年でも知られている者も少ない陰キャボーイであるボクの腕を抱きしめて一緒に歩いて通学しているのである。

 そりゃ、ボクに対して殺意を湧くのも当然だと思う。

 それよりも、ボクとしてはこの胸の感触を何とかしてほしい……。

 朝、ボクはがっつりとエプロンから零れ落ちそうな果実を見せつけられたうえで、その果実が制服という布越しにボクの腕にくっついているのである。

 さっきから、ふにょふにょと形を変えているのが伝わってくるぅ~~~~~!!


「それにしても、優一さんって堂々とされてますね」

「え? そうかな……」

「はい。だって、さっきからあのようにたくさんの殺意の波動を感じつつも、平然をしておられるのは、本当に心がお強いと思います」


 いや、まあ、そもそもは君と付き合いだしたのが、原因といえば原因なんだけどね……。

 そもそも「殺意の波動」って何―――!?


「まあ、学年一の美少女である千尋さんとこういう状況を見られたら、そりゃ殺意も湧くでしょうね」

「男の子と女の子が付き合うのは、ごくごく普通のことだと思うのだけど?」

「ええ、付き合うということは、ごくごく普通のことだと思いますよ。でも、まあ、相手がボクですからね……」

「優一さんに何の問題があるというの?」

「まあ、ボクが何か問題を起こしたというわけではないんですけどね」

「あら、そうなんですか? では、どうして殺意を?」

「それは至極簡単なことですよ。学校でも目立たない存在で、陰キャとして何も問題のない学校生活を送っていたボクが、突如、千尋さんとみたいな可愛い人を横に連れていると嫉妬を買うんですよ」

「ああ、そういうことですか……」


 あっさりと納得しちゃうんだ。

 やっぱり、彼女もボクを陰キャだと思っていたのだろうか。


「嫉妬のことは分かりました。でも、ひとつだけ訂正すべきですね」

「は、はい?」

「優一さんが目立たない存在だったというのは大嘘ですよ。だって、私や麻友といった優一さんを必要としている存在からしてみれば、陰キャだなんて大間違いです。むしろ、このオーラは陽キャですね!」


 ボクが陽キャだって!? これは衝撃だ……。


「あの溢れ出すフェロモンのようなスウィートでありながら、かつ身悶えしてしまいそうな香りが常に溢れ出ているのは、もう陽キャ! いいえ、それを通り越して『神』とでも言っておきましょうか!」

「も、もはや、神レベルですか……」

「だから、奪われたらまずいと思って、先に手を付けておいたんです」

「いや、言い方が何とかして欲しいですね」

「まあ、麻友はちょっと焦っているようですが、優一さんから漏れ出ているフェロモンを吸収しておけば、もう少しは持つとは思いますし……」


 え、それってもうダメ! って限界がいつか来るっていうフラグですよね!?

 明らかにボクが巻き込まれるやつじゃないですか?

 それに、昨日の様子を見ていたら、彼女である千尋さんが、素直に麻友とエッチ以外の行為をさせるとも思えない……。


「とにかく、優一さんは私の魅力をたっぷりと知っていただいて、早く私のことを娶ってくださいね!」

「娶る!?」

「はいっ!」


 そういうと彼女は、抱き着いたまま少しジャンプするようにして、ボクの頬に軽くキスをした。

 そんなイチャイチャした姿を見せちゃうと……ほら、また……。

 周囲の殺意の視線はさらにボクを突き刺すのであった。

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