第14話 少女はボクの初めてを奪う。

「あ、あの……状況が良く飲み込めないんだけれど……」

「うーんっとね。優一には、今の私たちはどう見える?」

「コスプレをしたお姉さん?」

「うあ。」

「がーん。」


 そんな二人揃って凹まないで欲しい。

 さすがにマンガの世界ではありそうな格好とはいえども、それを目の前で見せられているのだから、コスプレという理解が最もベターな答えだと思っていたのだけれど……。どうやら、麻友にとって、この答えは異質だったようだ。


「あたしたちは元々、人ではないの」

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 ボクは思わず、麻友と千尋さんの2人を交互に凝視する。

 いや、確かに今の見た目をそのまま判断するならば、そう「悪魔」と言った感じだろうか……。


「もしかして、こういうキャラに馴染みがないのかしら」

「いや、さすがに陰キャなんだから、ラノベとか読んでるでしょ」


 いや、普通に陰キャに対する偏見ですよ!

 そりゃ、ボクも読んでいるけれど、陰キャ限定にするのは何かと問題があると思う。


「私は吸血鬼なの」

「それにあたしは淫夢魔サキュバスよ!」


 あ、なるほど! そう言われれば、見た感じそんな風に見えますね。服装なんかまさに真祖の吸血鬼と淫夢魔サキュバスって感じがします。


「え!? てことは、どっちに吸われるというのは……」

「そうよ! 私は血液よ」

「あたしは精気になるわね」


 そりゃ、そう言うことになりますよね。

 目の前に現れた美少女が、「吸血鬼」と「淫夢魔」とは、どうやらボクは本当に付いているというか、付いていないというか……。

 てことは、さっきの千尋さんの行動は―――――。


「つまり、私はさっき優一さんの血液を吸おうと思っていたの」

「で、でもどうして寝ているスキを狙おうとしたんですか?」

「あ、あの……それは………………」


 突如として歯切れが悪くなる千尋さん。

 あれ? どうしたというのだろうか。


「さすがに痛いのは、あまり好きではありませんが、彼女からお願いされたならば、針で指を突っついたら、血を出すことくらいできるじゃないですか」

「い、いやまあ、そうなんだけどね……」


 ついに、千尋さんは虚空を見上げて、言いにくそうにしている。

 そこで助け舟を出すように、麻友が繋いでくれる。


「残念ながら、千尋は吸血鬼だけど、血を見ると気を失っちゃうのよ」

「はい?」

「あ―――――っ! 今、バカにしたでしょ! き、吸血鬼だからって誰でも血を見て、大丈夫だなんて思わないでよね!」

「は、はぁ…………」

「まあ、あれはそもそもアンタの失敗がトラウマになったんでしょうけれどね」

「ううぅ………」

「千尋はね、初めて血を摂取する儀式のときに吸ったは良いけれど、血留めの作業をしなかった結果、噴水の様に血が噴き出して、全身血まみれになっちゃったのよ」


 うわ。それは絶対にトラウマになりそう。てか、吸われた人はどうなったのやら!? やっぱり、出血多量で死んじゃったのかな……。


「確か、相手の人も死んじゃったから、まともに吸えていないよね?」


 やっぱり……。


「だ、だから、暗い部屋なら血も見なくて済むから……。というのと、もう、我慢できなかったの! あんなに近くに優一さんの美味しい匂いが漂っているのに、お預けとか酷いもの!」

「ちなみにボクの匂いって美味しいんですか?」

「美味しいなんてものじゃないよ! まだ、本物は飲めてないけれど、優一さんから漂う匂いはこれまでのものとは比べ物にはならないくらい美味しいんだから!」

「匂いって体臭みたいなもの?」

「いや、そんな汚いものじゃなくて、どちらかというとフェロモンのようなものなの。だから、さっきはもう耐えられなくなって……」


 と、清楚可憐な吸血美少女は、足をモジモジとさせる。いや、これって空気的には男女関係を深めるチャンスなんだろうけれど、モラル的にはダメなヤツなんじゃないの!?

 ボクもグッと堪えつつ、そっと彼女を抱きしめる。

 彼女は突然のことで虚を突かれたように固まってしまう。その後ろでは、麻友が「あーっ!」と喚いている。


「ボクは昨日から千尋さんとは赤の他人じゃなくなったんですから、ぜひとも相談してほしかったです。千尋さんは自分で言ってたじゃないですか。隅々まで見てほしいって。隠し事はしないで欲しいですよ」

「優一さん……。じゃあ、吸ってもいいですか?」

「え? あ、うん。痛くないことを願うよ」

「私も暗くしないと吸えません」

「はいはい。あたしが電気を消せばいいんでしょ?」


 ブツブツと文句を言いながら、ボクらの雰囲気に入りづらい麻友が扉近くにあるスイッチを押す。一瞬で部屋は漆黒の闇に包まれる。

 分かるのは、抱きしめあっているボクらの存在だけだ。ごめんね、麻友……。


「じゃあ、吸いますね……あむっ」


 八重歯が刺さったのだから、もっと痛いものだと思っていた。だけど、注射針がチクリと刺さったような感覚が走る。が、そのあとに吸われ始めると、身体の中に快感が駆け巡る。

 や、やばい! これ、気持ちいいかも………。


「ぷはぁ~っ! ハァハァハァハァ………」


 吸った彼女の表情は、朱に染まった蕩けた表情で、恍惚としたものだった。

 何だか、エッチを存分に楽しんだような後に近いような気がした……。


「美味しすぎます……。こんなに濃厚なとろりとした液をたっぷりとお口にいただけるなんて………」


 いや、言い方っ! 頼むから、何がアレして、そうしたように感じる言い方は止めてほしいんだけど!?


「そ、そんなに良かったですか?」

「はい。でも、これだけじゃ、眷属にはなれないんですけどね」

「あれ? 吸血鬼って血を吸われたら、眷属になるんじゃないの?」

「それだと、世の中が吸血鬼だらけになっちゃいますね」


 そりゃそうだ。彼女たち吸血鬼にとったら、これは食事のようなものなのだろう。しかし、こんなことで眷属が生まれたら、ネズミの出産の様に吸血鬼の数が莫大なものになってしまうに違いない。


「眷属にするには、儀式が必要なんですよ……。まあ、またじっくりとお教えしますね」


 ねえ、清楚可憐はどこにいったの? ものすごく妖艶でエロいオーラしか感じないんだけど……。

 そんな時にパチッと照明が灯される。麻友がスイッチを押してくれたのだ。

 とはいえ、そんな麻友さんはボクらの空気に入ってこれず憮然とした表情をしている。

 うん。これはどうやら怒っているらしい。


「で、ちなみに麻友は精気だよな? どうやって吸い出すんだ?」

「え!? あたし!? あたしは優一くんのフェロモンをしっかりと吸えば……」

「あれ? そんな方法なの?」


 ボクが問うと、抱きしめていた千尋さんがニヤリと微笑み、


「優一さん、淫夢魔サキュバスの精気の奪い方は、とっても簡単ですよ?」

「あ、そうなの? じゃあ、やってみる?」

「え…………………………」


 刹那、麻友は顔を真っ赤にして硬直する。


「あ、あの……優一さん? 簡単ですけれど、麻友には厳しいと思います」

「あれ……どうして?」

「そのぅ……効率的な方法は、男性と性行為を行うことなので………」


 性行為!? それって、とどのつまり、エッチするってこと!?


「実は、麻友はエッチなことが大の苦手なんです……。まあ、淫夢魔サキュバスとしては大問題なんですけれどね……。これもトラウマのようなものです……。ご両親の激しい性行為を幼児期に見せつけられて育ったので、その影響で………」


 麻友の今着ている装いを見れば、エッチが苦手とか思えそうにないのだが……。

 何だか、麻友は麻友で大変なんだな……。

 ボクはなぜか、彼女たちが異質なものであることをすんなりと受け入れられた。なぜだか、理由は分からない。でも、見た目は少し違えど、一緒に生活が出来ていたからかもしれない。

 内心、ホッと落ち着いたところで、ガクッとボクは膝を付きそうになる。


「初めてだったので、身体に来てしまったのかもしれません。ゆっくりと朝までお休みくださいな」


 千尋さんが耳元でそう囁くと、それはまるで子守歌の様に脳が安らいでいき、ボクの意識は睡眠という深い闇に沈んでいった。

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