第12話 少女はボクと寝ることにした。

 ボクは目を白黒させつつも意識を保ちながら、麻友の方を向く。


「ね、ねえ? 今、羨ましいって――――」

「言ってないわ!」


 うわ。言い切りましたね!? しかも、全く視線合わせてくれてないし……。


「とにかく! どうして、千尋と同棲することは認められないわ!」

「いや、あの、ボクがOKしちゃったんで……」

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!? いいの!? この女、見た目は可愛いけど、中身はアレだよ!?」


 え、何それ? アレって何? 新しい情報なんだけど……。

 ボクはそっと後ろにいる千尋さんに視線を送る。

 千尋さんは目をキラキラと輝かせながら、


「優一さんはこのヤンデレ女と清楚可憐な私ならば、どちらを信用されるのですか? 私はあなたの彼女なんですよ」

「はぁ? あたしは優一の幼馴染なんだけど! 付き合いで言えば、あたしの方が長いわ!」

「あ、あの……とにかく、麻友も落ち着いてよ。今日からボクは千尋さんと付き合うことになったんだから……」

「いいえ、これが落ち着いていられる? そもそもどうして付き合うことになったのよ? 別にこの女でなくても、あたしでも良かったじゃない!」

「いや、まあ………」


 ボクが言い淀むと、千尋さんがボクの腕をギュッと胸に抱き寄せて、


「そんなぁ……。優一さん、もう私とはイケないこともしたじゃないですか」

「はぁ!? ちょっと優一!?」

「ええっ!? ボクが何だか悪いように思われてるけれど、ボクは別に何もしてないからね……」

「そんなことありませんわ。もう、私、優一さんに初めてを奪われてしまいましたの」


 ああ、キスのことね! わざわざ回りくどく言わなくても、キスって言えばいいのに、どうして、そこで下腹部を摩ってるの!?


「優一……。まさか、童貞を捨てたの?」

「ぐはぁっ!?」


 童貞に童貞という言葉を浴びせかけると、血反吐、吐いて倒れるんだぞ!


「ねえ、千尋? 本人はまだ捨ててないみたいよ」

「ええ、そうね。キスしただけだから」


 ちょっと!? 最初からそう言ってよね……。何でボクだけがダメージを食らわなきゃいけないんだよ!

 嬉しくて童貞を続けているわけじゃないんだからな。


「で、でも、キスはしちゃったんだ…………」

「う、うん」


 何だか、残念そうに麻友は呟いた。

 千尋さんに先を越されたことに対して、怒りなどではなく、悔しさがにじみ出ているようだった。

 麻友は目を閉じて何度か何か思い悩むように「うーん」と唸り、髪をクシャクシャとした後、


「ま、晩御飯にしよう」


 麻友は玄関近くに置いてあった食材を取りに行き、サクサクと調理を始める。

 こう見えて、麻友は女子力の高い女の子だと思う。料理もできるし、洗濯や掃除も卒なくこなしてしまう。麻友もボクと同様、一人暮らしで培ったものだと以前教えてくれたことがある。彼女はそれ以来、ボクの家に来ては、晩御飯を作ってくれるようになったのだ。

 千尋さんも自ら手伝いを申し出て、キッチンでギャーギャーとお互い文句を言いながらも、調理を終える。仲が良いのか悪いのか……。

 その日はクリームシチューだった。濃厚なチーズの香りが食欲をさらに掻き立ててくれる。スプーンで一口、口に入れると、その香りとは裏腹に、優しい生クリームの味わいと野菜から溶け出したエキスをコンソメの風味がぐっと引き出してくれる。

食後に順にお風呂に入り、翌日の授業に備えて、就寝準備をする。

 最初は、千尋さんが「お風呂も一緒に」なんて言ってきたが、麻友が羽交い締めにして、何とか事なきを経た。さすがにお付き合い初日から一緒に入浴というのは、ボクとしても憚られる。

 麻友は千尋さんに絶対にボクを襲わないこと、と念を押して一足先に帰宅したらしい。

 とはいえ、麻友には伝えてなかったが、今日からボクは千尋さんと一緒にダブルサイズのベッドで寝なくてはならない。

 先程、自分の部屋のベッドを見に行ったところ、千尋さんによって布団をクリーニング店に出されていたのである。何とも準備の宜しいことで。

 さすがにフローリングの上でそのまま寝るというのは、自分の身体に鞭を打つのと同じようなものだ。絶対、明日、起き上がれないのは必至だ。

 仕方なく、ボクは千尋さんの部屋をノックする。


「入ってもいいかな?」

『もちろんですよ。私たちの愛の巣なんですから』


 お願いだから、その言い方は止めて! 凄く恥ずかしいのと同時に、もう結婚した上での初夜というイメージを持っちゃうから!

 部屋に入ると、すでにベッドに腰掛けて、寝る準備万端の千尋さんの姿があった。

 スケスケの下着を見たからかもしれないが、スケスケのネグリジェで迫って来るのではないかと不安になっていたが、どうやらそうではなく、普通にパジャマに身を包んでいた。


「さあ、明日も早いのですから、寝ませんか?」

「え? あ、うん」


 本当に何もないんだ。ボクの妄想がいけないようだ。

 そりゃそうだ。ボクらはまだ付き合い始めたばかりで、ボクはまだ彼女に対して、「好き」という言葉を返事していない。

 お互い、キスはしちゃったけれど、そんな欲望ばかりではない。


「じゃあ、ボクも寝させてもらうよ」

「はい。じゃあ、一緒に寝ましょうね。あ、抱き枕にしていただいても結構ですよ」

「まだ、付き合って初日ですからね!?」


 ボクは驚きの声を上げて反論するが、千尋さんは受け流すように「んふふ」と微笑みながら、布団に潜り込んだ。

 この時、ボクは初夜にこんなことが起こるなんて、思いもしなかった…………。

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