第11話 少女のキス 時々 少女の乱入。

 片付けが終わったころには、すでに夕陽はおろか、街の明るさは太陽の灯りから、LEDの灯りへと移り変わっていた。

 リビングの窓の向こうには、街の明かりがイルミネーションのように色輝く、夜景が広がっていた。


「うわぁ……」

「どうかしましたか?」

「優一さんは、いつもこの夜景を見ているんですか?」

「ええ……もう、見飽きてしまいました」

「そうなんですか。それはもったいないですね」

「もったいない……ですか?」

「はい。私は夜景って見飽きないんですよ……。だって、そこには人の生活があって、時間と共に灯りが点けられたり、また消されたりと変化があるじゃないですか」

「そう言われればそうですね……」

「だから、同じ夜景は絶対に見れないんです。ひとつひとつの街の灯りはその時々によって変化していくので……」


 彼女はそんなことを言いつつ、夜景を愛おしそうに見つめる。

 ボクはその横顔にドキリとさせられてしまう。

 だって、その顔は今までの可愛い彼女とは異なり、心から美しいと思わせる顔だったのだから。

 いつの間にか、ボクの視線は彼女の唇に向かっていた。思わず吸い寄せられてしまいそうな、その美しさに――――。


「どうしたんですか? 私の顔をそんなに見つめて。あ、もしかして、綺麗な夜景をバックにキスでもしたくなりました?」

「え!? いや、き、キスですか……。そ、そんなことは思ってないですよ!?」

「んふふ。優一さんって本当に嘘が下手ですね」

「そ、そうですか?」


 バレているのなら、焦って反応したボクは一体何だったのだろう……。

 何だか、恥ずかしくないか?


「キスくらい、いつでもしていいですよ? 私は優一さんが好きですから」

「で、でも、ボクはまだ返事を………」

「いいんです。私が好きなんですから」


 そう言うと、彼女はボクの唇にそっと自身のものを重ねてきた。

 チュ…………………

 彼女の柔らかく甘い香りがボクの鼻孔をくすぐると同時に、ボクの唇に彼女の温もりが伝わってくる。

 ぼ、ボクは今、キスをしているのか―――!?

 鼓動の高鳴りが自分の耳にまで聞こえてきそうだ。

 ほんのわずかな時間――――。

 でも、それは凄く長い時間のように感じた――――。

 彼女からそっと触れ合った唇が離れる。何だか、もったいない気がするが、ここで追いすがるのは男として彼女の言う狼になるだろう……。

 彼女はそっと目を開けて、ボクと見つめ合う。

 今、気づいたが彼女も少し恥ずかしさもあったのか、頬が朱に染まっている。


「どうでしたか? 初めてのキスは」

「こ、こんな言葉、変かもしれないけれど……。何だか凄く心から幸せになれたような気がしますね」


 ボクがそう言うと、彼女の顔はリンゴの様に真っ赤になってしまう。

 あれ? 反応がすごく初心なんだけど……。


「そ、そんなに良かったですか……?」

「はい! 初めてのキスが千尋さんで良かったです」

「で、では、これから毎―――――」


 ピンポ――――――ン。

 彼女が何かを言いかけたときに、ドアチャイムの音がする。

 ボクが部屋を開けると―――――、


「優一ぃっ! 晩御飯、一緒に食べよ―――――――――っ!!!」

「おうっ!?」


 てか、このタイミングで麻友がどうして―――!?

 麻友は慣れた感じで、玄関先で靴を脱いで、丁寧に揃える。

 と、同時に彼女の動きは固まった……………。


「ね、ねえ? このローファーは誰のかなぁ……?」

「えーっとねぇ……」


 ボクは誤魔化す方法が何も思いつかない。

 というか、麻友がヤンデレモードに入ったような気が……。

 麻友は迷わずにローファーを手に取り、クンクンと臭いを嗅ぐ。

 いや、さすがにそれは他の人の前ではしないほうが良いよ……。


「そう……そういうことね?」


 ユラリと彼女は立ち上がると、手にしていた買い物袋をそのまま玄関に放置して、リビングに近づいてくる。

 ボクは咄嗟の機転で、千尋さんを彼女の部屋に押し込んだままにしておいた。


「ねえ? 優一? あたしに何か隠してない?」

「隠してるって?」

「うーんとねぇ……。例えば、この部屋に、錦田千尋さんを連れ込んでるとか?」

「何でフルネームで言えちゃうの!?」

「あはは……。まあ、千尋とは昔からの腐れ縁みたいなもので、あの子の体臭とか一発で分かるし」


 いや、それって凄いんだか、変態なんだか分からないんだけど……。

 ボクは引き攣った顔が治らない。


「で? どうなの?」

「えっと……………」

「もう、いいですよ。優一さん」


 凛とした声が響き、彼女をかくまっていた部屋のドアが横にスライドする。

 当然、そこには先ほどのような照れた顔ではない。大真面目な顔をした千尋さんが立っていた。


「久しぶりね……麻友」

「学校は一緒だけど、なかなかこうやって直接話す機会なんて無かったものね」

「ところで、麻友はどうしてここにいるの?」

「それはあたしのセリフよ。どうして、千尋がこの家にいるのよ……」


 麻友が千尋さんを睨みつけながらそう問うと、


「簡単なことよ。今日から、私と優一さんはお付き合いを始めた。ただ、それだけ……」

「なるほど……って、そんな簡単に納得できるかぁっ!?」

「あら? どうして、納得できないの?」

「そもそもお付き合いしたということを、百万歩譲ってみたとして――――」


 かなり遠くまで譲りましたね……。そんなに譲ったら何も見えなくなりません?

 と、いう空気の読めないツッコミは敢えて、今入れないようにしよう……。どう考えても、ボクに火の粉がかかってしまうのは、目に見えている。


「―――どうしてお付き合いを始めた日に、この家にいるのよ?」

「だって、私のことを知ってもらうために、こうやって同居すれば色々と隅々まで見ていただけるからよ」

「うわ……。何だか、エッチね」


 うん。やっぱり、麻友もそう思うよね?


「でも、羨ましいかも」


 ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?

 ボクは麻友の言葉に一瞬で恐怖を抱いた。

 ちょっと待って!? 明らかにいつもの麻友じゃないよね―――!?

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