第10話 少女は事前準備が万端です。

「これはこちらでいいですか?」

「あ、それで結構ですよ」


 ボクは先程のスケスケ黒下着開封事件の教訓を生かして、千尋さんから指示をもらいつつ、作業のお手伝いを行った。

 とはいえ、やはり両親の部屋だったこともあって、ボクが現在使っている部屋よりは若干広い。とはいえ、フローリングカーペットを持ち込むなど彼女は準備万端のように思える。

 いや、それよりもいつのまに、この部屋の間取りを知ったのだろうかという手際の良さだ。

 彼女は今、服類をウォークインクローゼットに手際よく収納している。

 もちろん、備え付けられた引き出しには、先程のえちちな下着やシンプルな白い下着も収納されている。いや、見る気はなかったのだが、偶然、見えてしまったのだ。これは男子高校生の性的欲求の一部分だと思って、見逃してほしい。

 段ボールの奥の方から、ハートの形のした小物入れが出てくる。


「あの、これはどこに?」

「あ、それは夜使うものなので、ベッドの枕元に置いてください」


 夜に使う? スキンケア用品か何かなのだろうか……。


「千尋さんはお肌が綺麗なのは、夜にこれを使ってスキンケアとかしてるんですか?」

「え? それはスキンケア用品じゃないですよ」

「あれ? そうなんですか?」

「はい。化粧品はこのケースに一式入れてありますから」


 そう言って、彼女は30センチ四方のプラスチックで作られた持ち運び用の取っ手もついてあるケースをボクに見せてくる。

 じゃあ、これは何なのだろうか……。あ、敢えて触れない方がいいらしい……。


「あれ? 中身が気になりますか? 何なら、開けてもいいですよ」


 彼女は少し意地悪そうにこちらを見ながら、言ってくる。

 ボクは少し不安になりつつも、禁断の箱を開けるようにゆっくりを開く。


「――――――なっ!?」


 そこには密封された平たく薄っぺらいものが入っていた。そこには、「0.01」という文字。


「こ、これって避妊具じゃないですか!?」

「あ、はい。いずれ、に使うじゃないですか」

「どうしてもう準備してあるんですか!? ヤる気満々ってアピールですか!?」

「そ、そんなことはありません! いざというときのためです。で、でも、男性っていつ狼になるか分からないじゃないですか……。だから、優一さんがいつ狼になっても大丈夫なように、用意してあるんです」

「ボクはそんな簡単に狼になりません!」

「あ、いいんですよ。今日が実際は初夜ですし……」

「いや、普通に引っ越してきた日の初の夜ですよね!? 普通、初夜って結婚して当日の夜じゃないですか!?」

「ま、まあ、そうですね。でも、初めての夜なんで、この場合は、初夜ってことで」

「ダメです! もっとそういうのは大事にしたいんです!」


 ボクが千尋さんの両肩に手を添えながらそう言うと、彼女は急に頬を赤く染める。

 あれ? ボク、何か、間違ったこと言っただろうか……。


「そ、そうですよね。優一さんがそんなに私との初めてを思い出のようにしたいという気持ち凄く伝わりました!」


 うん! 何だか、間違って伝わってるね! ボクはそういう意味で言ったわけではない。

 そ、そりゃ、ボクにとっての初めては童貞卒業という晴れの日になるわけだから、大切な一日になるのは間違いない。


「わ、私も初めてですので、できれば優しくお願いしますね………」

「あのぉ……、今からするわけじゃないですからね」

「あ、そうでしたね。でも、きっとこれは必要になると思いますので、枕元に置いておきましょうね! これ、薄くて付けてる感じがしなくて良いってお母様が下さったんです!」


 おいおい、何てお母様なんだよ!

 娘を同級生の男の部屋に同居を認めて、あまつさえ付き合うかどうかもまだ不透明だというのに、いきなり「避妊具」を授けるとかスピード感がズレてるのか!?

 いや、ボクのスピード感が間違っているわけがない。


「てか、お母様がお渡しになられたんですか!?」

「はい! 高校生の間はいくらヤってもいいけど、子どもが出来ちゃったらダメよって」


 ひょえぇぇぇぇぇぇぇぇ………。

 お母様!? 絶対に作りませんよ! 作るのは社会人になって、結婚してからですからね!

 生活の基盤も何もない状態で子持ちとかマジでヤバい。生活破綻コースまっしぐらだ。

 そりゃ、もしかしたら、ここまでズレた親なのだから、可愛い娘のためにお金は出すよ! とか言ってきそうだけれども、そういうものでもない。

 ボクとしては、大人になったらあくまでも自分のお金で生活をしていきたいのだから。

 て、あれ? ボク、彼女と今後ずっといるつもりなのか?

 いや、これはあくまでもお試し、お試し――――。


「あ、あの、千尋さんのお母様が積極的なのは伝わってきたんですが、お父様には何か言われなかったんですか?」

「うーん。大丈夫でしたよ」

「あ、そうですか……」


 ボクはがっくりと肩を落とす。お父様ですら、止めれなかったのだろうか……。まあ、これだけ積極的な女子高生とグイグイ来ちゃうお母様がタッグを組んだとなると、お父様の出る幕はないということだろうか。

 とはいえ、彼女に父親の話をした瞬間に目を逸らしたのは、どういう意味があったのだろうか。

 何か話したくないことでもあったのか、それとも――――――。


「そんなことよりも、今日、使いますか?」

「あの……ボクの話を聞いてました? これを使うのはもう少し後です!」

「あ、使っていただけるんですね」


 しまった! いつの間にか、言質を取られてしまったようだ。うーん。これって誘導尋問じゃなかった?

 しかし、彼女はそんなことを気にもせずに、ボクを満面の笑みで抱きしめた。

 ふわりと彼女の甘い香りが、再びボクの鼻孔をくすぐってくる。

 いつも間にか、この匂いそのものが好きになってしまった。何だか、安心感を与えてくれる。そんな気がしてきた――――。


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