第8話 少女はボクとずっと一緒にいたいらしい。

 玄関に靴を脱いで、短い廊下を抜けるとそこにはリビングダイニングが広がっている。その廊下の右手側に3枚の扉があり、そこには手前から、元妹の部屋、元両親の部屋、そして現在ボクが使っている部屋がある。リビングの奥には洗面所・浴室があり、4人家族が生活するには不自由はなかった。が、まあ、家族が引っ越していったこともあって、ボクにはいささか持て余してしまうほどの広さではあった。


「すごく綺麗な家ですね!」

「気に入ってもらえて嬉しいよ」

「はい! 私は、どちらのお部屋を使ってもよいのですか?」

「真ん中の扉だよ。両親が使っていた場所なんだけど、今はだれも使っていないからいいよ。手前の部屋は妹のなんだけど、たまに遊びに来て使ったりしているから、使わないでほしい」

「あら、妹さんを部屋に連れ込んでいるんですね」

「あ、あの、言い方に問題がありませんか!?」

「えへへ、冗談ですよ」


 意地悪してごめんなさいって感じで彼女が見せたその時の顔は、清楚可憐な優等生からは考えられないような可愛い笑顔だった。

 なんだか、ボクの心の中でドクッと大量の何かが流れたような気すらした。


「では、奥の部屋が優一さんのお部屋なんですね」

「え、あ、うん。ここもあんまり勝手に入らないでほしいかな……」

「あれ? どうしてですか? 私たち、お付き合いし始めたんだから、隠し事なしで生きたいんですけれど……」


 あれぇ~? さっきの可愛い女のことは思えないくらい、瞳のハイライトが消えてて、怖~い。

 もしかして、これがよく言う「ヤンデレ」というやつ? い、いや、まだ勝手に決めつけるのはダメだよね。

 ボクは気を取り直して、


「別にそんなたいそうなことじゃないよ。単に、男の一人暮らしだから、部屋が汚いだけだから……て、何勝手に見てるの!?」


 千尋さんは足早にボクの部屋のドアを開けて、覗き込んでいる。

 キョロキョロと頭を上下左右に振り、しっかりと観察しているようだ。


「全然、綺麗じゃないですか! 問題ないですよ! それにこの部屋のにおい……」

「え? 臭かった……? ごめん、換気するよ!」

「いいえ、優一さんのにおいがいっぱいで、私、この部屋に住みたくなっちゃいます♡」


 今度は頬を朱に染めて、少し甘えるような表情をしている。ねえ、どうして蕩けそうになってるの? 昼に何かダメなものでも食べたの?


「えっ!? そ、それはダメだよ!」

「あら? どうしてですか?」

「ボクらはまだ夫婦になったわけじゃないんだから、だから、しっかりとプライベートをもって、節度あるお付き合いをしようよ!」

「あ、ついに優一さんからお付き合いしたいと言っていただけました。嬉しいです。自発的な発言は、私にとってはご褒美みたいなものですから」


 そ、そんなものなのかな……?

 千尋さんは嬉しそうに微笑む。


「まあ、優一さんの部屋は、今後、モーニングコールをしに来るついでに入るので、それでエキスをいただきましょう」


 いやぁ、シミジミと語られてますけれど、発言が若干おかしい人にしか見えませんよ!?

 そもそもエキスって何………!?


「では、こちらの部屋ですね?」

「あ、うん。休日にたまに掃除しているから、汚くはないと思うけれど」


 彼女は横開きの扉を開けると、


「まあ、素敵なお部屋じゃないですか!」

「そ、そう?」


 両親の部屋ってそんなに素敵な要素があっただろうか……。

 ボクも掃除をしているから知っているけれど、何も変わったものはない。

 むしろ、今日からは千尋さんの引っ越しの荷物で色付けされていくとすら思っていた。


「だって、ベッドがダブルじゃないですか」

「ええ、そうですね」

「いや、反応が薄いですね」

「あ、ごめんなさい。何を意図して千尋さんが言っているのか掴めなくて……」

「んもうっ! もう少し、優一さんは大人の階段を上ってもらわないと困ります。ダブルということは、ここにご両親が一緒に寝られていたんですよね?」

「うん。そうだよ。だって、ここはもともと両親が使っていた部屋だからね。あ、もちろん、ベッドはちゃんとクリーニングに出したから、両親のにおいとかはついていないよ」

「お心遣いありがとうございます。―――じゃなくて! 男と女が一つのベッドで一緒に寝るということはどういうことかわかりますか?」


 あ、ちょっと悟ったかも……。

 ボクだって、エッチな本だって読むお年頃の「性少年」だ。

 性的な事柄に関する知識も、他の高校生同様に持ち合わせているつもりだ。

 ボクは思わず、恥ずかしくなってしまい、何も言えなくなってしまう。


「そうだ。決めました。私の隅々まで知っていただけるように、今日から、このベッドで二人一緒に寝ることにいたしましょう!」

「えっ!? ちょっとそれはまずくない!?」

「何がですか? 私は結婚を前提に、優一さんとお付き合いをするんです。だから、たとえ、裸体を見られても恥ずかしいとは思いませんよ?」

「いえ、そういう問題ではなく、ボクらは高校生なんですよ!?」

「高校生の3人に1人は、性行為を済ませているという統計データもあるそうですし、問題ないのでは?」

「え!? そんなにも!?」

「ええ、そう書いてありましたよ? だから、何も問題ありません。それに私も優一さんが私のことを好きになってくださって、初めて一つになりたいと思っていますから」


 うん、清純そうな発言をしているけれど、とどのつまりボクが彼女のことを本心から好きになったとき、エッチをします! と宣言されているんだよね、これは。

 なんだか、待ち時間が用意されたから安心したような、その先のことを考えると、不安しかないような気持になってしまう。


「とにかく、これは決まりです! さあ、荷物を運びこむのを優一さんもお手伝いしてくださいね!」


 彼女は満面の笑みで、玄関まで再び戻っていった。

 どうやら、ベッドを別にしてほしいという願いは絶対に受け入れてもらえないようだ。

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