第6話 ボクは少女のことを受け止める。

 彼女がすごくボクのことを理解してくれていることは、さっきの質問で何となくつかめたような気がする。

 とはいえ、ボクは彼女のことをよく知らない。

 分かっているのは、学年一の成績を有する清楚可憐な美少女、というところくらいなものだ。

 まあ、あとは入試当日に貧血になったことから、貧血持ちなのかと感じている。

 でも、さっき、彼女が答えたように彼女のプライベートなことは、まったくといって知らない。


「ボクはまだ、錦田さんのことを全然知らない……」

「そうね。もちろん、それは仕方ないと思うわ。だって、まだあなたにとったら、私はあなたの幼馴染よりも知られた存在じゃないものね」

「う、うん……」


 どうして、そこで麻友の話が出てくるのだろうか……。

 もしかして、彼女は知り合いか何かなのだろうか……。

 そんな疑問を持っていたら、彼女はそっとボクの手を握ってきた。


「私はあなたのことが好き。今日はそれが伝えられただけで、私にとっては、重要なことなの。そして、優一さんにも私のことをいろいろと知ってもらって、私のことを好きになってもらえると思うの」

「……………………」


 彼女の手はなんだか冷たかった。でも、優しさからか、体温ではない心の温かさを感じることができた。

 両親と妹と離れて、一人暮らしをしているボクにとっては、こうやって人と触れ合うこと自体、それほどなかったと思う。なんだか、こうやって人と触れ合うことは、ボク自身の気持ちも落ち着かせてくれる。


「……ど、どうしたの?」

「え?」

「優一さん、急に泣いちゃって……」

「あ、え!? ごめん。なんだか、こうやって君に手を握られると、人との触れ合いが久しぶりすぎて……」

「うふふ。そうなんだ。私なんかでよかったの?」

「え? どうして?」

「だって、私の手ってほかの人よりも、冷たいじゃない?」

「そうなのかな……」

「だって、私、あなたの手を握ったとき、すごく温かかった。これが人の温もりなんだなって感じたもの……」

「でも、ボクにとっては、手が繋げられたことだけでも嬉しかったかな」

「うふふ。なんだか、童貞臭い!」

「う………。別にいいじゃないか!」

「そうね。こうやって今は手のつながりだけど、そのうち、心のつながりも得られれば、私も嬉しいわ。そのあとに―――」


 彼女はその瞬間、少し頬を赤らめる。

 ボクにはその意味がどういうことなのかわからなかった。

 だが、このあと、彼女の発言に一瞬でそうした意味を理解する。


「心のつながりができれば、そのあとは、もう少し大人なつながりもしたいと思うの。あなたとの初めてを、欲しいと思うし……」

「…………え、あ、えぇぇぇぇっ!?」

「やっぱり急で驚いちゃうよね! でも、私はそれくらいの気持ちであなたのことが好き。あなたと一緒にいることで、私も気持ちがとても温かくなるし、初めて……こんなにポカポカした気持ちになれるのわ」

「なんだか、そういってもらえると、生きててよかったと思えるかな」

「うん! 当然だよ。優一さんは特別な存在なんだから。きっと私と出会うために生まれてきてくれたんだよ!」


 なんだか、すごく大袈裟な言い方をするなぁ……。

 ボクと彼女が出会ったのは、本当に偶然だし、それに同じクラスになれたのも偶然だ。

 それ以上でも以下でもない。

 でも、彼女はボクを「特別な存在」だと言ってくれる。

 ボクにはまだ自覚がない。とはいえ、こんな可愛い彼女ができるのであれば、ボクも嬉しくなってしまう。


「ボクはまだ君のことでわからないことがたくさんあります」

「うん」

「だから、お付き合いをさせていただいて、錦田さんの色々を知りたいと思います」

「本当に!? じゃあ、私に対するお返事は――――」

「お付き合いさせていただきます」

「ありがとう! 私、すごく嬉しいわ!」


 そういうと、彼女はボクに抱き着いてきた。

 いや、周囲にあまり人がいないとはいえ、店員さんも見てるし、下のほうには部活をしている生徒もいるのだ。

 突然、あの清楚可憐と名高い錦田さんが、ボクのような陰キャ男子に抱き着いている様子なんて見られてしまった日には、錦田さんに告白したいと思っていた男どもを敵に回すことになりかねない……。


「じゃあ、これからは恋人同士ってことになるんだね」

「ええ、今日からめいっぱい私のことを、優一さんにお伝えしていきますね!」

「そっか、今日からね。……て、今日から!?」


 え、今、錦田さんは「今日から」って言ったよね?

 ボクの聞き間違えでなければ。


「はい。今日からです。と、いうか今から。まずは、私のことを名前で呼んでいただけませんか? 苗字だとすごく他人行儀なんで……。な、何でしたら、呼び捨てでも構いませんよ」

「……え。な、何だか恥ずかしいですね……。千尋さん、でいいですか?」

「はい! すっごく嬉しいです! いつか、優一、千尋って呼べるようになりましょうね!」


 彼女は若干興奮気味だ。てか、そんな呼び方、明らかに結婚した後の話じゃないか……。

 ボクらはまだ高校生なんだから、健全なお付き合いを………と、言っても、ボクはこれまで彼女というものを作ったことがないから、どうやってお付き合いをしていくのかすら分からない。

 女子の知り合いといえば、麻友くらいなんだから。

 あれ? そういえば、麻友のことは呼び捨てだったな……。これってやっぱり距離感の問題なのかな。そうだったら、錦田さ……千尋さんとも、呼び捨てにできるようになりたいよね。


「では、今日から、私は優一さんのお家で一緒に暮らすことにさせてもらいますね!」

「―――――え?」


 思わず、ボクは何も突っ込めなくなってしまった。

 いったい、彼女は何を考えているんだ、と―――――。

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