第2話 食パンアタックを仕掛ける少女。
ピッピピッ! ピッピピッ! ピッピピッ!
けたたましいスマホのアラームが鳴り響くと同時に、ボクはベッドから飛び起きる。
ベッドの傍らに用意してあった制服を着こむと、テーブルの上に昨晩の間に用意してあった、おにぎりを食べ、冷蔵庫から取り出した麦茶で流し込む。
朝からキンッと冷えた麦茶は、体を一気に動かすのに役に立つ。(夏限定)
もうひとつのおにぎりに噛り付きながら、ボクは玄関ドアの新聞受けに入っているものを確認する。新聞を取っていないボクにとっては、ここの確認をする必要があまりあるのかないのかわからない。でも、ルーティンとしてやっているので、今では慣れっこだ。
おにぎりの載せてあった小皿をサッと洗い流すと、ボクは洗面所に向かい身支度を済ませる。最後にブレザーのネクタイを確認して、上着を着る。
「じゃ、行くか……」
ボクは学校指定のリュックを背負うと、玄関から出る。朝の陽光にまぶしさを感じつつも、今日の一日が始まる。
今日も何もなく平穏無事な生活が送れることが、ボクにとっては最高の日なのだ。
ボクの名前は、河崎優一。葵坂第二高等学校の1年生だ。
ボクの成績は良いほうだと思う。一応、学年でトップテンに入れてはいる。友達も少ないボクにとっては、勉強して自分のやりたい仕事をやれるようにする、ということくらいしか、自身の人生設計で考えることなんてできなかったから。それに両親にとっても、それが最良の恩返しになるであろうとボク自身が感じていたから。
両親は仕事の関係で東京に引っ越していて、ボクだけが地元に残る形でそのまま独り暮らしを始めた。マンションは両親から譲り受けたもので、3LDKということもあって、一人では持て余している。正直、生活で使っているのは、もとから使っていた一部屋とリビングだけだ。両親が使っていた二部屋は、ベッドとデスク、椅子くらいはあるものの何も使っていない。父親が言うには、「だれか友達が泊まりに来たら、使わせてあげなさい」とのことだ。だから、ベッドの布団も一応、クリーニングしたてのままだ。そもそも陰キャなボクにとって、友達を家に招くなんてこと自体がないのだが……。
つまり、ボクにとっては持て余すサイズの家をいまだに両親が家賃を払ってくれている関係で引っ越ししようにもできない状態になっているのである。
未成年は勝手に契約できないから、まあそれはそれでいいんだけれどね……。
学校までは、駅まで15分ほど歩いて、電車で5駅移動した場所にある。
「おっとっとっとぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?!?!?」
ボクが朝の新鮮な空気に深呼吸していると、右の路地から、食パンをくわえた女の子が飛び出してくる。
運よくぶつからずに回避できた。
「おっ! 優一! おはよう!」
「おはよう、麻友。お前、いつも食パンくわえて、突っ込んでくるな……」
「んふふ! 運命的な出会いは、こうやって食パンをくわえながら、体当たりよ! そして、純白の下着を見せてしまう! ここまでがテンプレじゃない?」
「いや、それは古典的なマンガの見過ぎだと思う」
「えー。そうかなぁ……。でも、今日は惜しかったなぁ……。もう少しでぶつかれると思ったのに」
この何か訳の分からないことを言いつつ、くわえていた食パンをもしゃもしゃと食べているのが、斎藤麻友。ボクの小学校以来の同級生……いわば幼馴染だ。
小学校の頃は、ガサツな女……というより男勝りなところがあり、よくボクがいじめられていたら、彼女がやってきて、ボクを助けてくれたものだ。
それが中学2年くらいになると、ググッと女としての魅力……というかスタイルそのものが、出るところが出てきて、それに若干、ブラウンがかった肩までのセミロングにしたころから、可愛らしさが引き上げられたように感じる。
そんな彼女も実は、ボクと同じ進学校に卒業後、入学した。
最初は彼女からその話があったときに、無理だろうと思っていたけれど、中3になるころには、メキメキと成績を上げて、判定でも「B」が出るようになってきた。通知表の成績も大きく改善されて、合格ラインまで載せてきたのである。
結果、今でも一緒に通学する状態である。週に一回、こうやって食パンアタックをしてくるのは、理解できないままなんだけどね……。
そんな話をしている間に、駅に到着し、電車に乗り込む。
「それにしても、麻友は彼氏とかできないの?」
「あ、それは女の子には禁句ですよー!」
「え、そうなの!?」
「そうだよ! お姉さんがちゃんと教えてあげようか? 女の扱い方というものを……」
いや、そこで舌をぺろりとするのやめて……。何か、危機感を感じるから。
「まあ、優一もそもそも陰キャで女の影すら見えないんだから、どうかと思うけどね。とにかく! 女の子に年齢、体重、彼氏の有無を訊くのは絶対にダメだからね!」
「う、うん!」
「まあ、それはさておき、あたしに彼氏はいないよ? 優一がもらってくれるなら、嬉しいってこの間もウチのママが言ってたくらいだもの」
「あはは、麻友ん家のご両親は、ボクのことを買いかぶりすぎだよ」
「えー、そんなことないよ。ちゃんと見てくれだけじゃなくて、付き合いからちゃんと分かってくれてるんだって」
「そうなのかなぁ……」
「そう! だから、あたしとしては、優一に幸せにしてもら――――」
キキィィィ――――――――――――――――ッ!!!
麻友が何かを言いかけていたところで、電車が緊急停止する。
ボクは何とかドアに両手をつき、ドアの前に立っていた麻友が押しつぶされないように後ろから倒れこんでくる人から守ってあげる。
『線路内に動物が侵入した関係で緊急停止を行いました。まもなく、発車いたします』
車掌のアナウンスがざわついた車内に響き渡る。
「大丈夫だったか?」
ボクが麻友に声をかけると、麻友はコクリとうなずいて、視線を逸らす。
「そういうところが、好きになっちゃうんだって…………(ボソッ)」
「え? なんか言ったか?」
「ううん。何でもないよ……」
麻友は最寄り駅に到着するまで、ずっと視線を合わせようとはしなかった。
少し、耳が赤くなっているのが気になった。
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