第3話 突然の少女の告白は心臓に悪い。

 葵坂第二高等学校。県立の学校で、トップ校だ。

 東京大学や京都大学といった名だたる大学への進学実績は、特に素晴らしく。週刊誌でも大学合格実績一覧などが掲載されるときは、自身の高校が紹介されるということもあって、何だか直接自身のことではないにしても誇らしかった。

 とはいえ、あくまでもそれは表向きの話。

 当然、中身という点で言うと、普通の高校生ライフが学校内でも展開されているのだ。

 特に葵坂第二高等学校に入学してくる生徒は、勉学だけでなく「何か」が秀でていることがあるとよく言われる。

 ボクの周りにも、航空宇宙工学に興味を惹き、すでにJAXA(宇宙航空研究開発機構)へのインターンを取り付けていたり、全く異なった方向では、全国の百名山をこの歳ですでに制覇していたり……と、秀でているというべきか、変わっているというべきか、そういう生徒たちが多いということだけは理解できた。

 では、ボクは果たして何に秀でているのだろうか……。

 いや、ボクなんかが秀でているものなんてない。


「お! お前たち、やっぱ仲が良いよなぁ~」


 ボクと麻友が一緒に教室に入ると、すでに教室にいた、佐伯が茶化してくる。

 いや、まあ、周囲の目にはどう見えてるのか分からないけれど、たぶん、ボクと麻友が不釣り合いって言うことくらいは通じているはずだ。


「腐れ縁だよ」

「ちょ、ちょっと!? 優一! それは酷くない?」

「じゃあ、何て言ったほうが良いと思う?」

「うーん。将来のおよ――――」

「そんなことより、宿題できてるか?」


 佐伯は狼狽えつつ、ボクにすり寄ってくる。

 あ、何となく察したわ。


「そ、そんなこと………?」


 邪魔される形になった麻友は、今にも髪の毛が逆立って周囲をぶち壊しそうな勢いで殺意を佐伯に向ける。

 て、どうやら気づいているのはボクだけのようだ……。

 まあ、でも麻友も何を言おうとしていたのか、ボクには分からなかったから、いいや。


「もしかして、終えれてないの?」

「いや、途中まではやったんだ……。けど、どうしても埋まってなくてよ」

「あー、佐伯にとっては、このノートに一行だけ書いたのが、途中までやったって言うんだね?」

「うっ!? そ、それは………」

「麻友はどう思う?」

「死刑で良いと思う」

「だってさ」


 ボクが笑顔で佐伯に振り返ると、ガックリと肩を落とした佐伯が、


「ひ、ひでぇ……。そこで斎藤を使うなよぉ……」

「いや、普通にあたしが話そうとしてたのを、遮った時点で死刑は確定だったのよ」


 そこまで大事なことを話そうとしてたの!?

 これって流しても良かったのかな……。


「まだ授業開始まで時間があるんだから、頑張ってね☆」

「うあっ!? 顔がすっごく笑顔だけど、目には殺意しか籠ってないじゃん!」


 まあ、麻友を怒らせるとそう言うことになるんだよね。

 麻友も満足そうだ。


「おーい。河崎と錦田―! 学級委員の2人はもう来てるかぁ?」


 前扉のほうから男性のガラ声が飛び込んでくる。タバコと酒で喉がやられてるんじゃないか? と心配したくなるような声だ。彼は担任の前島密人まえじまみつと先生だ。歳は40歳を超えているようで、既婚者。家には可愛い奥さんがいるといつも授業中でも惚気話を聞かされることがある。

 あれ? どうやらお呼びの声がかかってしまった。


「じゃあ、ボクは先生から呼び出しだから、またあとでね」

「うん! いってらっしゃい」

「河崎~、俺を見捨てるのかぁ~!?」

「あんたは今の間にやれるだけのことをしなさいよ!」


 ボクが先生のいる方に向かおうとすると、後ろでは佐伯の悲痛な叫びに対して、麻友の容赦ない足蹴りがお見舞いされた。


「錦田さん、行こっか」

「ええ……。そうね」


 錦田さんは先ほどまで読んでいた文庫本にしおりを挟み、リュックのポケットにしまい込む。

 この清楚可憐な優等生こそが、錦田千尋さん。

 腰まで伸びる黒のロングヘアが特徴で、風になびくとその黒髪がまるで生きているかのようにふわりと宙を舞う。ボクはいつもそれを見て、惚れ惚れとしてしまう。

 麻友のような元気いっぱいな女の子もいいが、ボクのようなあまり目立たない存在としては、錦田さんのような感じも大好きだ。

 ボクは彼女の方を見て、ふっと微笑んだ。


「あら? 何か私がおかしなことでもしたかしら?」

「いや、教室ではあんなに大人しそうだけど、ボクの前では柔らかい表情をいつもしてくれるからね」

「そう? そうかもしれない」

「それがいつも、どうしてなのかなぁ……て」

「んふふ。気づいてないの?」

「え?」

「うーん。優一さんは、少し鈍いのね」

「な、何だよ、それ」

「そのままの意味よ。もしかして、恋バナとかしないの?」

「え……うん。まあ、ボクの友だちって男だと佐伯くらいだし……」

「いつも、斎藤さんと一緒じゃない」

「あれは幼馴染だから一緒にいるだけ!」

「そうなんだ………。それを聞いて、安心したわ」

「え……何が?」


 錦田さんは渡り廊下で立ち止まり、ボクの方を見つめてきた。

 サッと両手を握りしめて、


「ずっとずっと優一さんのことが好きだったの。入試の日に助けてもらって以来。学級委員を一緒にするようなって、あなたの人となりをこれでも知れたと思うわ。いつも、あなたの横で私が柔らかな表情をするって言ってくれたわよね? その理由はあなたを信頼しているから」

「え!? え!?」

「ねえ、河崎優一さん。私とお付き合いしませんか? きっと最良なパートナーになれそうだから」


 清楚可憐な錦田さんは突如、ボクに告白してきた。

 何の特徴も秀でた特技もあるわけでもないボクに――――。

 こ、こんな時って、ボクはどういう反応を示せばいいんですか!?


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